vol.101 Sail the Ship Winery
田口 航さん

音楽のように食卓を
feel goodに彩るワイン

vol.101 Sail the Ship Winery<br>田口 航さん<br><br>音楽のように食卓を<br>feel goodに彩るワイン

上田市・東山地区のブドウを野生酵母で醸す

長野県上田市は、中央を南東から北西方向へ千曲川が流れ、全国的にも年間降水量が少なく、晴天率の高い内陸性気候です。千曲川左岸にあたる塩田平には、江戸時代からつくられてきた灌漑用のため池が大小140以上ありますが、そのひとつ「北の入池」のほとりに田口航さんの営む「Sail the Ship Winery」があります。

場所は東山地区の「富士山(ふじやま)」。雨乞いの山として信仰される富士嶽山(ふじたけやま)にその名が由来します。東山地区は赤ワイン用ぶどうの銘醸地として知られ、標高550mの小高い丘の南向きの緩斜面には、一面に垣根仕立てのぶどう畑が広がります。
 

東山の畑は小高い台地の上にあり、眺望が素晴らしく、いつも風が吹き抜けていく

田口さんの畑はワイナリー近隣に3箇所あり、合わせて約3ヘクタールの広さに、白はシャルドネ、ソービニヨン・ブラン、シュナン・ブラン、ロモランタン、プティマンサン、ルーサンヌ、サヴァニャン、赤はメルロ、カベルネ・フラン、カベルネ・ソーヴィニヨン、シラー、ムールヴェルドが植えられています。

防除のタイミングを見計らい、虫を見つけたら手で取り除き、結実したらひと房ずつ傘がけをする。有機栽培は手間がかかりますが、野生酵母でワインを醸すためには欠かせぬ手間でもあります。
 

病気や裂果の予防のため、ブドウひと房ずつに傘がけをする(写真は田口さん撮影)
 

「栽培も大変ですが、醸造ではスタックが起きてしまうのに苦戦しています」。スタックとは、酵母がアルコール発酵を途中でやめてしまうこと。そこから揮発酸が生じると、除光液のような香りを生み出す場合があります。「ナチュラルワインだから、それでいいという考え方は好きではありません。克服すべきことだと思っています」

田口さんが目指すのは「口当たりがやわらかく、引っかかりがなくて、旨みのあるワイン」。納得のいくワインをつくるため、醸造工程に手を尽くし、ブドウ本来の力をつけるために畑の環境を整えているのだと言います。


ワインと出会い、飲み手からつくり手へ

田口さんは千葉県市川市に生まれ、大学時代にアルバイトをしたスペイン料理店でお酒と出会います。学生時代はというと、大学を休学してアイルランドに渡り、ワーキングホリデーを利用して、大好きな音楽とお酒が溶け込む生活文化を体感したこともありました。「アイルランド音楽も好きで、アイリッシュパブにも憧れて。ひっくるめた雰囲気がすごく好きでした」

大学卒業後は鉄鋼商社に勤めますが、好きなお酒に関わる仕事をやりたいという思いは大きくなります。「ビールもウイスキーも、日本酒も好き。なかでもワインの多様さは、ほかのお酒とはちがう。世界中でつくられていて、ブドウ品種もたくさんある。ヴィンテージという概念があって、その年の農産物を表現するお酒は、ほかにはない」
 

果汁に負荷をかけないため、ポンプを使わずに果汁を移動することができるように、タンクもプレス機も足をつけて高くしてある 

ワインのつくり手になることに思いを定め、たまたま見つけたのが京都府宮津市「天橋立ワイナリー」の求人募集でした。まったくの未経験で飛び込み、ブドウ栽培からワイン醸造までを経験し、4年が経った頃。「本当に自分のつくりたいワインは、自分でつくるしかないということがわかってきました」。そして2014年の秋、独立を念頭に長野県東御市を訪れます。

2008年に長野県内初のワイン特区に認定された東御市では、その頃、ヴィラデストワイナリーに続いてリュードヴァンはすみふぁーむ(現在ののらのらふぁーむ)、ドメーヌナカジマなど個人の営むワイナリーが次々と開業していました。
 

用いるのは古樽のみ。ステンレスタンクで発酵させたり、銘柄によって使い分ける

「長野のワインはすごいし、ブドウがいい。小山さん波田野さん田辺さんとか、たくさんのつくり手に会って話を聞きました」。そのなかのひとり、ヴィラデストワイナリーの小西さんには、来年からアルカンヴィーニュで千曲川ワインアカデミーが始まると教えてもらいました」

千曲川ワインアカデミーは、ブドウ栽培とワイン醸造、ワイナリーの起業や経営など、総合的な知識と実践的な技術を学ぶことのできる日本初の民間によるワインアカデミーです。

2015年、田口さんはアルカンヴィーニュ1期生として1年間、合わせて信州うえだファームの研修生として2年間、研修を受けるために長野へ移住します。


アルカンヴィーニュ1期生、
信州うえだファーム研修生として長野へ

信州うえだファームはJA信州うえだの子会社で、農業の担い手不足や耕作放棄地の問題を解消するために設立された組織です。独立就農を後押しするため、地主にかけあって耕作放棄地を集約してワイン用ブドウ栽培のための農地を用意し、そこに植えるためのブドウの苗木も手配してくれていました。

「手厚いサポートがあって、独立するには最高のタイミングでした」と田口さんは当時を振り返ります。

そして2016年、田口さんは借り受けた畑にブドウの苗木を植えました。「ワイン用ブドウは収穫できるまでに3年ほどかかります。信州うえだファームでは、それまで食いつなぐためのブロッコリー栽培も教えてもらいました」
 

収穫期の待ったなしの畑では、ボランティアを募って乗り越える(写真は田口さん撮影)
 

一方のアルカンヴィーニュでは、錚々たる講師陣が集まっていました。「ドメーヌ・オヤマダの小山田さん、ドメーヌタカヒコの貴彦さん、10R Winery(トアールワイナリー)のブルースさん、農楽蔵(のらくら)さんなど、ワインづくりとその哲学にも大きな影響を受けました」。そして田口さんは自分のつくるワインのスタイルを定めたのです。

2017年に就農し、2018年に初収穫したブドウは2020年までアルカンヴィーニュで、2021年から南向(みなかた)醸造(中川村)と紫藝(しげい)醸造(山梨県北杜市)に委託醸造しました。

一方でワイナリー設立を目指して候補地をさがし、ようやく現在の地を見つけ、田んぼから農地転用の申請を出し、補助金の申請もしながら、2024年にワイナリー竣工にこぎつけます。その年、自社初醸造を行いました。

 
音楽とともに食卓を彩るワイン

現在リリースしている定番銘柄は5種。「Mr.Feelgood」は白と赤それぞれの混醸、「utage」はソーヴィニヨン・ブランの全房圧搾、「keshiki」はカベルネ・フラン単一、そして「happy end」はメルローとカベルネ・ソーヴィニヨンの混醸です。
 

「happy end」と「Mr. Feelgood(赤)」。ラベルデザインは上田市「水野図案室」の水野佳史さんが手がけた
 

「Sail the Ship」というワイナリー名は、ビートルズの楽曲『All together now』の一節です。「自分の名前にちなんで船にまつわる言葉がいいなと思い、たまたま見つけた歌詞から取りました」。海なし県でその名前はどうかなと思いつつ「語呂が良くて気に入っている」とのこと。

ちなみにワインの銘柄になった Mr.Feelgood はイギリスの「Dr. Feelgood」というバンドの名から、「はっぴいえんど」は日本のアーティスト名からつけられました。

「自分のワインを飲みつつ、家族や知人と楽しい時間を過ごしてほしい」。そんな思いを込めて名づけられた田口さんのワインは、ラベルからワクワクさせられて、飲めば豊かな果実味とナチュラルワインならではの〝だし〟のような旨みが感じられます。

暮らしを彩る音楽のように、ときにさりげなく、ときに印象的に、日々の食卓を彩ってくれるワインです。
 

田口 航さん

たぐち・こう

1983年、千葉県市川市出身。天橋立ワイナリーで4年間栽培・醸造を担当。2015年、上田市に移住してアルカンヴィーニュ1期生となる。2016年に上田市・東山地区などにワイン用ブドウを植栽。2024年にワイナリーをかまえた。

Sail the Ship Winery

セイル・ザ・シップ・ワイナリー

住所|上田市富士山3759-1
URL|https://sailtheship.rocks/

取材・文/塚田結子  写真/平松マキ
2026年03月07日掲載