vol.100 浅川葡萄農園 宋 裕光さん
長野市浅川の地に導かれ
自然に寄り添うワインをつくる
浅川ダムの建設残土に
千曲川と浅川の氾濫から客土した畑
長野市の北部に位置する浅川地区は、飯縄山(いいづなやま)の南東麓に位置し、千曲川の支流であり地域名の由来である浅川が、飯縄山を源にして北西から南東へと流れます。
浅川流域を含む長野市北部一帯は、内陸性の気候で年間降水量は少ないものの、梅雨や台風シーズンに降雨が集中し、流れの急峻な浅川はこれまで何度も水害を起こしてきました。これを受けて2017年、浅川ダムが竣工しました。普段は水を貯めずに川が流れ、洪水のときだけ水を貯めて下流の被害を防ぐ、治水専用の「流下型ダム」です。
ダム建設で発生した多量の残土は、もともと段々畑があった小さな谷に埋められ、3ヘクタールものひと続きの地となりました。ここをワイン用ブドウ畑として活用するため、地域おこし協力隊員が募られ、それに応えて2018年10月に着任したのが宋裕光さんです。

標高630m、南南東向きの緩傾斜地は日あたりが良く、風が吹き抜け、暗渠のおかげで水はけも良し。周囲を森に囲まれ、人家は見あたらず「夏は鳥の鳴き声と虫の羽音、風の音しか聞こえません」と宋さんは言います。
宋さんはここでまず、欧州系品種の有機栽培に挑戦しました。「2019年5月に植えたのは、欧州系ヴィニフェラ種の白ブドウを主体に、日本の固有品種や交配品種、アメリカ系や生食用の品種など、挿木(さしき)を2万本以上かき集めて植えました」

ワイン用ブドウほか果樹栽培では、病害虫対策のため台木に穂木をついだ「接木(つぎき)苗」が一般的です。しかし宋さんが「挿木苗」を選んだのは「この地に合う品種を見定めたかったから」。以降も新たな品種を加え、約40種の苗を植えました。
ブドウ畑の1/3には肥沃な山土が70〜80cmほどが入れられていましたが、2/3は残土のまま。残土には有機物を漉き込む大がかりな土壌改良を施しました。しかし客土には100%が根づいたものの、残土には30%ほどしか根つかず「正直なところ、ここでのワインづくりは難しいかもと思いました」
有機栽培が可能なのは
この地に合った品種だから
2019年10月、台風19号により長野市で洪水が発生します。千曲川の堤防決壊と合わせて長沼地区に浸水被害が広がり、多量の土砂が残されたのです。その災害土をブドウ畑で受け入れることになりました。
自然災害のもたらした土と治水事業で生まれた土が、浅川の流れる山間でひとつになることに不思議な因縁を覚えます。その土に宋さんはブドウを植え直しました。

根を張った苗木を1本ずつ重機で掘り起こし、別の畑へ仮植えして冬越しさせている間に客土し、畝をつくり直し、7000個の穴を手掘りして選抜した苗を植え戻すという、気の遠くなるような作業を乗り越えて、2020年5月に植え替えた苗は100%根づきました。
「人が土を使えるのは、何億年もの積み重ねのうえにある奇跡のようなこと。本当に大切にしないといけないし、次の世代に継いでいかないといけないんです」と宋さんは言います。
「畑に生きる多様な菌や虫たちを排除するのではなく、共存できる環境を守っていきたい。自然の営みに敬意を払い、『使わせていただいている』という感謝を込めて、除草剤や殺虫剤はもちろん、農薬もできる限り使用しない農業を営みたいと強く思っています」
それができるのは、この地に合った品種だけ。だから適正品種を見極めるため、40種もの苗を植えたのです。

「この地に合い、病気に強く、ワインとしてのポテンシャルがあると感じられたのは、ヤマソービニオンとマスカット・ベーリーAでした」。ヤマソービニオンは日本固有のヤマブドウとカベルネ・ソーヴィニヨンの交配品種、マスカット・ベーリーAは日本ワインの父と称される川上善兵衛氏が開発した日本生まれの品種です。
宋さんの好きなワインはソーヴィニヨン・ブランなどアルザス系のアロマティック品種だといいます。自分の育てたい品種か、自然が選んだ品種か。宋さんは後者を選び、徐々に植え替えを進めています。それは、ワインの品質では劣るとされる品種から、高品質のワインをつくり出す挑戦のはじまりでもあります。
ワインとの出会い、そして
ソムリエからつくり手へ
「僕、ほんっとにワインが好きなんですよ」。そう言う宋さんとワインとの出会いは20代半ば。子どもの頃から家業でもある飲食業に親しんできた宋さんは、いずれ自分の店を持つことを念頭に、大学卒業後は仙台市のイタリアンレストランに勤めていました。
ちなみに宋さんの祖父が営むジャズバーは150席ほどもあったといい、戦後のジャズブームが日本中を席巻していたことがわかります。父の代に喫茶・洋食店に変わり、宋さんは子どもの頃から店を手伝っていました。

勤め先でソムリエを招いての勉強会が催され、ワインに合わせてオーナーシェフの料理を味わう機会がありました。ワインを飲む前後で料理の味は明らかにちがい、たとえばイタリアの白ワインを飲んだあとのパルマ産生ハムは格段に味わいを増しました。身をもってマリアージュのなんたるかを知った宋さんは、ワインの奥深さに惹き込まれていきます。
2005年に上京、2008年にソムリエ資格を取得。当時は麻布十番のイタリアンレストランに勤めていましたが、顧客のなかには毎年のように海外のワイン生産地へ足を運ぶ強者がいて、訪日客への対応も求められ、実地経験と英語力の必要性を痛感しました。
2009年に宋さんは海外へ渡ります。まずはイタリアを3か月間バックパックでまわり、その後オーストラリアで2年間を過ごします。そのうち1年はバロッサ・バレーにあるバイオダイナミック(ビオディナミ)農法のワイナリー「Smallfry Wines」で、自然とともにあるブドウ栽培からナチュラルなワインづくりまでを経験しました。

フランスやニュージーランドの生産地もまわり、2012年に帰国。再びソムリエとして働きはじめた宋さんは、ワインの選定を任され、海外から生産者を招いてのワイン会を企画するようになりました。勤めるレストランは都内ミシュラン二つ星まで格上になり、自身はシニアソムリエにキャリアアップしていましたが、胸には去来する思いがありました。
「ソムリエの仕事は大好きでしたが、メーカーズディナーをやるたびに〝そっち側に行きたい〟と思うようになったんです。愛情を込めてつくったワインを、目の前でおいしいと飲んでもらえるなんて、どれほど幸せだろうって」
思い浮かぶのはフランスやオーストラリアで見た、家族経営の小さなワイナリーでの暮らしでした。「野菜やくだものを育て、鶏を飼い、自給自足の暮らしをしながら、オーガニックなワインをつくる。彼らのように自然豊かな場所で、自然に寄り添った暮らしがしたい」。その思いは強くなるばかりでした。
願ってもない出会いが続き
理想のワイナリーが完成
2016年から移住先をさがし、候補地として長野県と山梨県に絞り込みました。なかでも長野県・北信地域はワイン生産地としては未開拓で、気象データからも適地として目をつけていたところ。たまたま見つけたのが長野市・浅川地区の地域おこし協力隊の募集でした。
任務はワイン用ブドウ畑の開墾と栽培、そして地元産のワインづくりを目指すこと。任期は3年。その間、給与が支払われ、住居と車が貸与される。願ってもない条件でした。そして2018年に妻子とともに移住しました。

ブドウ栽培については高山村の「角藤農園」で、ワイン醸造については同じく高山村の「信州たかやまワイナリー」で研修を受けました。角藤農園の佐藤宗一さんは長野県におけるワイン用ブドウ栽培の先駆者でしたが、2022年に亡くなっています。「僕は本当にお世話になって、尊敬する大好きな方でした」と宋さんは言います。
初収穫の2022年には東御市の「レヴァンヴィヴァン」に委託して荻野さんと醸造をともにし、翌年は東御市の「テールドシエル」と「ツイヂラボ」に委託醸造して桒原さんと須賀さんに教えを請いました。そして同年、長野市がワイン・シードル特区の認定を受け、小規模ワイナリーの設立が可能になりました。

ワイナリー設立を目指して物件をさがしていたところ、これまた願ってもない出会いがありました。たまたま見つけた土蔵は珍しい3階建てで、築200年とはいえ補修されながら、きれいな状態を維持していました。遠隔地に住む大家さんはワイン好き。宋さんの活動を理解し、地域の人の口添えもあって「応援するよ」の言葉とともに譲ることを快諾してくれました。

「傾斜地に建つ蔵は5000本の生産規模でジャストサイズ。家庭用エアコン1台で蔵全体の温度管理が可能です。地下は空調なしでも湿度が一定。ミニマムで、改装にかかるお金も最小限で済みました」。知人から「宝くじに当たったようなもの」と言われたというほど、ワイナリーとして理想的な物件でした。
何よりの利点は3階建てであること。1階に穴を開けて地下へつながる床ハッチをつけ、2階の床は周囲を残して抜き、どちらにもハンドリフトを取りつけました。それによって搾汁からビン詰めまで、すべての果汁移動をポンプではなく重力で行うことができます。2024年に酒造免許を取得し、自社初醸造を行いました。
最善策を重ねていくと
自然派と呼ばれるワインになる
「尊敬する生産者の多くは自然派ワインのつくり手です。しかし自分は意図的に自然派ワインをつくろうとしているわけでなく、最善だと思う選択を重ねていくと、結果的にそうなるんです」と宋さん。
野生酵母を用いるのは「畑にいる酵母で仕込んだワインは唯一無二」だから。「僕のブドウは僕のオリジナルなのに、誰かと同じ酵母を使って、似たようなワインになってしまったら、つまらないでしょう」。そして「リスクもあるし、手間もかかるけど、野生酵母の醸す複雑味が好き」だと言います。

フィルターを通さず、時間をかけて澱を沈める自然濾過でワインが澄むのを待つのは、なめらかな口当たりとエレガンスを求める一方で、ワインの旨みをできるだけ残したいから。
補糖も補酸もしないのは、無理にアルコール度数を上げたり、ワインに厚みを出す必要がないと感じているから。「僕は日本の食卓にフィットする、やさしい味わいのワインをつくりたいと思っています」
「酸化防止剤は、醸造中は一切使わず、ビン詰めの際におまじない程度に入れるか、入れないか。亜硫酸塩はワインをつくる際に生まれる物質なので、悪いものではなく、むしろ上手に使えばとてもいいもの。ただ稀にアレルギー反応を示す人もいるので、使わないに越したことはない」

現代のワインづくりは、培養酵母やステンレスタンク、徹底した温度管理、そして数々の添加物を用いることで、人間が微生物をコントロールし、安全かつ低リスクに大量生産できる仕組みが一般的です。しかし宋さんが選んだのは、それとは対極にある古典的な道でした。
「ワインづくりの主役は、あくまで酵母や微生物たち。自分は彼らが健やかに働ける環境を整える裏方に過ぎません。ブドウに付着した目に見えない野生酵母たちが、糖分を分解し、ほかの雑菌と勢力争いを繰り広げながら入れ替わり、ワインへと姿を変えていく。その変化に寄り添い、ブドウの持つ力を信じて手助けする作業は、時間もかかればリスクも大きいものです」
「それでも、原料となるブドウ栽培の段階から酵母の存在を意識し、大切に育て、醸す。世界に数あるものづくりのなかでも、これほど純粋に『原料から作品づくりまで』を一貫して完結できるものは、ほかにありません。かつては薬として処方された歴史を持ち、食事を彩り、人をつなぎ、その土地の風景を映し出す。そして、時さえもビンの中に閉じ込め、長期熟成という芸術にまで昇華できる。だからこそ、世界中の人々がワインに魅了されるのだと思います」

そもそもブドウ以外の原料は入れたくないのだと宋さんは言います。「ワインはブドウを潰すだけでつくれる、一番簡単なお酒です。でも副原料を使わないので、おいしくするには一番難しいお酒でもあります。自分の畑でとれたブドウだけでおいしいワインに仕上げることが、僕にとって究極のものづくりです」
宋さんは「僕は無宗教ですが、ブドウは神様が人間に与えたご褒美のように感じる」と言います。そのワインづくりの道のりには、偶然の出来事がいくつも重なっています。それもまた、神様からのご褒美のように思えて仕方がないのです。
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宋 裕光さん
そう・ひろみつ/Song Yookwang
宮城県仙台市出身。東京都内でソムリエを務め、2009年から3年間、海外で暮らしながらワイン産地をめぐり、オーストラリアで2年間ブドウ栽培とワイン醸造を経験。2018年10月に妻子とともに東京から長野市ヘ移住。浅川地区担当の地域おこし協力隊員として着任し、ワイン用ブドウ畑の開墾、植樹を行う。2024年、築200年の蔵を改装してワイナリーを設立した。
保有資格|日本ソムリエ協会認定ソムリエ・エクセレンス、英国WSET認定 ADVANCED CERTIFICATE、豪国 A+AUSTRALIAN WINE 認定 TRADE SPECIALIST
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浅川葡萄農園
長野市浅川地区内(訪問不可)
連絡は公式LINEのみ(SNSなどの発信はなし)
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