vol.68 Terre de ciel
池田岳雄さん、桒原一斗さん

ヴィンテージを讃え
ぶどうを信じて見守る

vol.68 Terre de ciel<br>池田岳雄さん、桒原一斗さん<br><br>ヴィンテージを讃え<br>ぶどうを信じて見守る

天空の大地にワイナリー誕生

標高950mの小諸市糠地(ぬかじ)地区にて、池田岳雄さんが営むヴィンヤード「Terre de ciel(テールドシエル)」が、20209月に醸造所を開設しました。小諸市で4軒目となるワイナリーの誕生です。

国蝶オオムラサキが生息する自然豊かな環境にあり、妻の順子さんが整備した季節の花々が咲くガーデンには蝶が集まります。
渡り鳥のように旅をする蝶、アサギマダラが好むフジバカマをたくさん植えているので、9月中旬から10月初旬にかけては500匹ほど飛来するそう。蝶が舞い、遠くの山々まで見渡せるその景色は圧巻です。
ガーデンを散策した後はショップでワインやジュースも購入できる、何度も訪れたくなる魅力的なワイナリーです。

                  フジバカマから飛び立つアサギマダラ / 池田岳雄さん撮影

消防士からワインメーカーへ

栽培から醸造まで中心となって行っているのが、池田さんの次女・亜也子さんの夫、桒原一斗さんです。

桒原さんは栃木県足利市出身、高校卒業後は消防士として働いていました。
職場で、地元の指定障害者支援施設こころみ学園の園長、川田昇さんの講演を聴く機会があり、こころみ学園が運営するココ・ファームワイナリーの「知的障害を持つ学園生も役割を持って労働をする。そして、本物のワイン造りを目指さなければならない」という信念に感銘を受けます。
学園生の生活や農業への取り組みに興味を持ち、ボランティアに通うなかで、自身も学園生と一緒にぶどうを育て、ワイン造りたいと思うようになり、消防士を退職。2004年にココファームへ就職しました。

その当時、ココファームにはブルース・ガットラヴさんや曽我貴彦さんなど、現在の日本ワインシーンを牽引する先達が在籍しており、気候風土への理解と敬意に基づいたココファームのワイン造りを学びます。2017年頃からは自社畑のぶどうの醸造を任されるほどに。

義理の父である池田さんから「定年退職を機にワイン用ぶどうを栽培しようかな」と相談を受けたときは、「その土地にあった、このような品種が良いですよ」とアドバイス。
ココファームに務めながら、休みの日はテールドシエルのぶどう畑も手伝うようになりました。

その後、テールドシエルに醸造所開設の話がでると、「開設するなら僕が醸造を担当します。やるならとことん突き詰め、風土をだせるようなワインを造りたいので、野生酵母で醸造させてください」と提案、15年以上務めたココファームを退職して、2020年に一家で小諸市に移住しました。

1番大切なのは、健全でおいしいぶどうを収穫すること

ぶどうはその年を表わすものだと考えている桒原さんは、「ヴィンテージを讃えたいので補糖も補酸もしないし、亜硫酸もなるべく添加したくない」と語ります。
「暑い日もあれば、寒い日もある。そのなかでぶどうは一生懸命生きて実をつける。ぶどう以外のものを入れたくない。ヴィンテージを壊したくないんです」

そのため、醸造過程でなるべく人間の手を加えなくてすむように、生育や衛生状況を把握し、ぶどうの周りの葉を取り除いたり、日当たりや風通しをよくしたりするなど、キャノピーマネジメント(樹冠管理)をしっかりおこなっています。

そして、健全に育ったぶどうを最高の状態に完熟させてから収穫。
バクテリアなどを抑えるため、ひと晩5℃で冷やした後に10℃の室内で、ヴィンテージ(温故知新)というプレス機で48時間かけて抽出していきます。その名前の通り、石を載せたり足踏みしたりする昔ながらの製法を器械で再現しています。
通常のバルーン式だと2〜3時間で終了ですが、時間をかけてゆっくり抽出することで、一番出したい皮の裏や種の周りのテイストも果汁と一緒に染み出し、おいしいエキスがたっぷり入るうえに、にごりの少ないクリアな果汁を取り出すことができると桒原さんは考えています。
そして大切に絞った果汁は、ポンプを使わずに重力で上から下へ移動させるグラビティー・フローという方法で樽へ移します。

「楽しくて、手間だとも思わないんですよね」と、微笑む桒原さん。
できることは時間をかけてもやりたいと、醸造期間中はワイナリーへ寝袋を持ち込み、ぶどうを信じて、ぶどうがなりたいワインになれるようにそばで見守ります。

醸造所は今までの桒原さんの経験を盛り込んで建設。温度管理、湿度管理が行き届くようにしたり、プレス機を一段高いところに置いて、グラビティー・フローがおこなえるよう、醸造所の天井も高くしました

小諸市をワインの一大産地に

2018年11月25日掲載、「ワインのつくり手を訪ねてVol.53」にて、東京オリンピックにあわせてワイナリーをオープンさせたいと語っていた池田さん。
「今のところ、目標通りに進んでいますね。まあ、コロナウイルスの影響でオリンピックのほうが後にずれちゃったけど」と笑います。

はじめは、標高が高いため難しいと考えられていた糠地地区で、ソーヴィニヨン・ブランの栽培に成功したことで、凍害防止策など栽培管理をすれば良いぶどうができることを証明することができました。
行政の応援もあって、ワイン用ぶどう栽培をはじめる移住者が糠地地区だけで8名に。

2016年、地域にあったよいぶどうを栽培し、みんながおいしいワインを造れるよう、池田さんが中心となって立ち上げた「小諸ワイングロワーズ倶楽部」の仲間も23名に増えました。
座学は「みはらし交流館」、実地はテールドシエルの圃場で月に1度、勉強会を開催しています。
悩みを共有し、季節に合わせた実践的な内容を学ぶことで、全員のレベルアップを図ります。

「小諸市も、東御市や高山村のような中小規模のワイナリーが集まる一大ワイン産地の仲間入りをしたいです」と、池田さん。

次なる展望は、農村のまちづくり。
糠地地区に個性豊かなワイナリーが集まり、みんなで合同のイベントを開催したいと考えています。
ワインが楽しめる飲食店や宿泊施設も近くにできるといいなと、夢は広がります。

2021年9月には、池田さんの1年後に同じく小諸市に入植した藤田正人さんの醸造所「ドメーヌフジタ」が糠地地区に完成し、酒造免許を取得しました。
これからどのように発展していくのか目が離せない、注目の地域です。

ショップでは、ワインのほかジュースやジャムも。来訪するときは事前に電話連絡してください。
現在販売しているワインは、アルカンヴィーニュで(東御市)委託醸造したワイン。自社醸造のワインは2022年1月リリース予定です。
近隣のぶどう栽培農家から委託を受けて自社醸造したワインも販売しています。
(取材・文/坂田雅美  写真/清水隆史)
左が醸造責任者の桒原さん、右がオーナーの池田さん

池田岳雄さん・桒原一斗さん

(いけだたけお、くわばらかずと)

池田さんは小諸市をワインの一大産地にするべく行政と連携し、奮闘中。総勢7人いる孫の話になると、先を見据える経営者の顔から柔和なじいじの笑顔になる。
桒原さんは栃木県足利市出身の元消防士。栽培も醸造もとことん突き詰め、ワイナリーへ寝袋持参で泊まり込む肉体派。

Terre de ciel(テールドシエル)

所在地 〒384-0809 長野県小諸市滋野甲天地40663-5
TEL   090-7268-2583
URL  Terre de ciel 
※来訪するときは事前に電話連絡してください。

2021年10月14日掲載