Vol.67 丘の上 幸西ワイナリー
幸西 義治さん

北アルプスを望む
東雲の道のワイナリー

Vol.67 丘の上 幸西ワイナリー<br>幸西 義治さん<br><br>北アルプスを望む<br>東雲の道のワイナリー

ワインで観光に貢献したい

松本市と塩尻市を結ぶ東山山麓線は、松本平を見下ろしつつ北アルプスを望み、「アルプス展望しののめの道」と呼ばれます。「しののめ」は「東雲」と書く日本の古語で、夜明けの空が東から明るんでくる頃を意味します。

この見晴らしの良い道沿いに、幸西ワイナリーがあります。近くには小笠原氏が築き、後に武田信玄が塩尻の拠点にしたという北熊井城址があります。ここ片丘地区は高ボッチ山の西麓に位置し、メルシャンが新たな圃場を設けるなど、塩尻市においてはワインの新興の地といえます。

「ワイナリーのあるこのあたりは遊休農地でした。お年寄りが多いので耕作されず、野良生えのそばがあったりしますが、みなさん農地を荒らすのは嫌いますから、きれいにされています」と言うのは幸西義治さん。2015年からぶどう栽培をはじめ、2019年にワイナリーを完成させました。ワイナリー西側に広がる50アールほどのぶどう畑は美しく整えられています。

片丘地区は高ボッチ山の西麓に位置する傾斜地。「城址とワイナリー横の竹藪がムクドリの巣になっていて、網をかけないと食べられてしまいますが、食べ頃を教えてもらってもいます」と幸西さん

「私が入植する前は、ぶどう畑も果樹園もほとんどないし、どんな品種が向いているかはわかりませんでした。ただ、標高は桔梗ケ原と同じ750mなので、メルローやボルドー系品種なら合っているはずと思い、メルローのほかにカベルネ・ソーヴィニヨンとカベルネ・フランを植えました。あとは王道のシャルドネと、私が好きなソーヴィニヨン・ブランを」

栽培適地であるかより、眺望の良さがここにワイナリーを建てる決め手になったと幸西さんは言います。「ここはしののめの街道で、北アルプスがよく見えます。もともと塩尻観光ワインガイドをやっていたので、塩尻の観光に貢献したいという思いもありました」

畝の両端にはバラが植えられていて、ワイナリーを訪れた人や近所の人に分けることも
ワイナリーに掲げたボードのバラの絵は、中学校で美術教師を勤める娘さんが描いたもの

ワインガイドからつくり手へ

幸西さんは広島県東広島市に生まれ、学生の頃はワンゲル部に所属し、長野県へは山登りに来ていたといいます。大学卒業後は就職のため塩尻市に移住。精密機器を手がける電機メーカーで開発設計に携わりました。

ワインに興味をもつきっかけは、妻の美雪さんから塩尻観光ワインガイドになることを勧められたから。「塩尻観光ワインガイド」は、地元の風土やワインについて学ぶ養成講座を1年間受講し、試験を経て塩尻市観光協会から認定される制度で、2011年から4年間実施され、幸西さんを含め80人ほどのガイドが誕生しました。

「塩尻ワイナリーフェスタの市民ボランティアを組織するための取り組みで、私もバスに乗ってガイドをしたり、ワインサーブをしたりしました」。それに飽き足らず、ワイン造りに踏み込んでいったのは、美雪さんの後押しもあったから。「家内からは常々、好きなことをすればいいと言われていました。定年も近づいてきて、じゃあ、嫌いじゃないお酒のことをやるかな、と」

幸西さんの生まれた東広島市は多くの蔵元がある酒どころで、日本で唯一のお酒に関する国の研究機関である「酒類総合研究所」もあります。もともと酒造りに縁があったのかもしれません。

2014年には長野県が主催する「ワイン生産アカデミー」の2期生となり、同年「塩尻ワイン大学」で学びはじめました。翌年には会社を早期退職し、ワイン用ぶどうの栽培を開始しました。そのとき幸西さんは57歳、ふたりの子どもはすっかり手を離れ、美雪さんとふたりでのワインづくりがはじまりました。

整然としたぶどう畑は美雪さんとふたりで手入れする。「ネコの散歩じゃないですが、1日1回は見てまわります」

家族と友人に支えられて

ワイナリー建設までには、「とにかく聞いて、いろいろ勉強しました」と幸西さん。「ワイン大学の講師の方のワイナリーを見に行ったり、業者の方に相談したり、里親ワイナリー醸造研修で行ったサントリーの塩尻ワイナリーさんで教えてもらったり。子どもの同級生の親同士で、30年以上つきあいのある方が、県内のいくつかのワイナリーを手がけた設計士で、そのかたを頼りにしたりもしました」

ワイナリーの設計は知人に頼み、内装については妻、娘、息子の妻の女性陣が考えたという。「男性陣は口を出さず」と幸西さん。天井のムラが良い仕上がり

「私はワインづくりに関してはまだまだ素人です。里親研修で習ったのは、いいぶどうをつくること、清潔にすること、温度のコントロールをしっかりすること。まずはそれを、お念仏を唱えるように徹底しています」

「清潔にすること」を徹底した醸造スペース。設備やスペースの面でも、畑は今の広さをキープしたいところ
ラベルを真っ直ぐに貼るための道具は手作り。ワイナリーごとに工夫が見られて楽しい

「畑に関しても、経験がないので実際に見ないとわからない。晴れていればだいたい畑にいますし、11回は見てまわります。見れば病気に気づけますから。最初は畑を広げたい思いもありましたが、これだけの量だから目が届く。家内とふたりですから、今くらいがちょうどいいですね」

2018年に初収穫したぶどうは委託醸造し、2019年にワイナリー初醸造となったメルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン&メルロー、カベルネ・フラン、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランを20205月にリリースしました。畑を表現したラベルのデザインは、知人のデザイナーが手がけています。

ぶどう畑をデザインしたラベル。縦横の線は畝(うね)をあらわし、色のついたところがワインの原料となった品種の植えられた位置を示している。左から2本目がお孫さんと同じ名前の「椿」

2020年のメルロー、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、さらにその色合いから「椿」と名づけたカベルネ・ソーヴィニヨン&カベルネ・フランを20214月にリリースしました。そして樽熟成させたメルローとシャルドネは、新たなラベルで202110月に発売。メルロー樽熟成は信州塩尻ミズナラとフレンチオークの2種類があります(ミズナラは完売)。

「ワイン作りは年に1回。私は今63歳なので、あと何回できるか。1回ずつが貴重です。会社勤めの頃は、製品の品質は均一にしないといけないし、古いものは売れなくなっていくものでした。でもワインは畑によって、年によってちがうもの。それを楽しんでもらえます」。自然の厳しさと大らかさに向き合いながら、幸西さんにとって人生3回目の仕込みがはじまります。

(取材・文/塚田結子  写真/平松マキ)

幸西 義治さん

こうにし よしはる

1958年、広島県生まれ。2010年に塩尻市観光ワインガイドの認定を受け、その後、長野県主催のワイン生産アカデミーや里親ワイナリー研修醸造に参加。塩尻ワイン大学で学び、2015年に早期退職してワイン用ぶどうの栽培開始。2019年に醸造免許を取得し、ワイナリーを開設した。

丘の上 幸西ワイナリー

所在地 塩尻市片丘9965-6
TEL 090-1760-0061
URL https://r.goope.jp/kounishi-wine

 
2021年10月14日掲載