vol.61 Veraison note
中川 裕次さん、櫻山 記子さん

無限の可能性を秘めた赤ワイン

vol.61 Veraison note<br>中川 裕次さん、櫻山 記子さん<br><br>無限の可能性を秘めた赤ワイン<br>

赤ワインの銘醸地、上田市塩田平の東山地区

長野県の年間降水量は47都道府県中で最下位※1ですが、そのなかでも上田市は降水量がもっとも少なく、年間900mmを下回ります※2。特に塩田平は、雨乞いの神事や水にまつわる多くの民話が伝承されるほど昔から干ばつに悩まされ、平安の頃から築造されてきたため池は140を数えます。

先人たちの苦労によって肥沃な土地は生かされ、江戸時代には「塩田三万石」と謳われるほどの穀倉地帯となりましたが、雨の少なさに悩んできたということは、裏を返せば果樹、特にぶどうにとっては栽培適地ということ。

塩田平の東山地区は赤ワイン用ぶどうの銘醸地として知られ、標高550mの小高い丘の南向きの緩斜面には、一面に垣根仕立てのぶどう畑が広がります。

※1 気象庁2010年 平年値より
※2 気象庁の観測データがある1976年から2019年までの平年値を計算
(上田は年間880mm、佐久は936mm、長野は948mm、東御は975mm、松本は1036mm)
2019(令和元)年10月の台風19号では、自宅への道が崩落して一時的に孤立したが、幸いにもぶどうへの被害はなく、無事収穫することができた

山を削った造成地は、かつての海底が隆起したところ。粘土質の土壌は複雑な組成で、掘り返せば丸い小石があらわれます。削って均したゆえ、ひと続きであっても土壌成分が異なるのか、場所に応じてぶどうの樹の生育に差が生まれ、ワインの味わいにもちがいがあらわれます。

マンズワインのソラリス「東山カベルネ・ソーヴィニヨン」を生む畑のほか、ファンキーシャトー、Sail the ship vineyardが畑を設け、そして中川裕次さんと櫻山記子さんが営むヴェレゾンノートのぶどう畑もここ東山地区にあります。

つくりたいのはエレガントでパワフルな赤ワイン

中川さんと櫻山さんは、この地に惚れ込んで東京から移り住みました。ワインが好き、そして長野が好きで、頻繁に東山地区へ足を運んできたふたりは、地元農家の助けを得て畑を取得し、2014(平成26)年からぶどう栽培をはじめました。

畑は前山地区にもあり、どちらにもカベルネ・ソーヴィニヨンとネッビオーロを植えました。ネッビオーロはイタリアを代表するワイン「バローロ」の原料となるぶどうです。「ワインの王様」とも評されるバローロのような、パワフルかつエレガントで長期熟成にも耐える赤ワインが東山でならつくれるとふたりは考えたのです。

17(同29)年には、樹齢3年となったぶどうを東御市のアルカンヴィーニュへ委託して初仕込みを行いました。

18(同30)年には、東山地区と隣り合う生田地区に新たな畑を設け、標高550m、南向きの斜面にサンジョベーゼ、カベルネ・フラン、ピノ・グリ、ピノ・ノワールなどを植えました。サンジョベーゼもまたイタリアワインを代表する品種です。

同年秋には、いよいよファーストヴィンテージの「Experience 2017」をリリースしました。東山と前山、両地区のカベルネ・ソーヴィニヨンとネッビオーロを混醸した赤ワインは、イタリアワインらしい個性があると好評で、発売からほどなく完売しました。

19(令和元)年からは「Experience 2018」に加え、東山地区のカベルネ・ソーヴィニヨンで仕込んだ「Presense 2018」をリリース。年々手応えを感じる出来に、中川さんと櫻山さんは「JAや東山地区の農家さん、家族や友人の助けがあってこそ」と言います。

ワインの可能性は無限大

「Veraison note(ヴェレゾンノート)」は、ふたりの好きなワインと音楽にちなんで名づけられました。「Véraison(ヴェレゾン)」は、ぶどうの果実が色づくこと。ことに黒ぶどうが緑色から赤みを帯び、やがて青黒く色づく様は、宝石ような美しさです。

そして「note(ノート)」には、「記録」や「文書」などのほかに「音」や「調べ」などの意味があります。音の組み合わせから無限の音色が生まれるように、ぶどうから生まれるワインの可能性も無限に広がります。

2020(令和2)年には、東山地区に新たな畑を広げてネッビオーロとシラーを植えます。また、急遽管理を任された畑の巨峰で仕込んだスパークリングワインや、ハードサイダーのリリースを予定しています。そして、いずれは自分たちの手で醸そうと、ワイナリーの設立を目指しています。

ワインと音楽だけでなく、自然にも魅せられているふたりは化学農薬を使いません。有機栽培をしていると、虫や病気への理解が深まり、「土が年々良くなっているのを感じる」と言います。

本来の力を取り戻した土にしっかりと根を張りながら、ぶどうは樹齢を重ねるごとに味わいを増していくでしょう。そのぶどうからつくるワインには、確かに無限の可能性が秘められています。

取材中に中川さんの頭に止まった色鮮やかなルリボシカミキリ。化学農薬を使わず、有機栽培をしている畑には、さまざまな虫がやってくる
(取材・文/塚田結子  写真/平松マキ)

中川 裕次/櫻山 記子

なかがわ ゆうじ/さくらやま のりこ

東京から上田市へ移住し、2014(平成26)年に塩田平の東山地区にカベルネ・ソーヴィニヨンとネッビオーロを植えた。エレガントかつパワフルな長熟タイプの赤ワインを目指す。18(同30)年にふたつのぶどうを混醸したファーストヴィンテージの「Experience 2017」をリリースした

Veraison note

ヴェレゾンノート

所在地 上田市武石小沢根574-186(事務所)
TEL   0268-80-9190(普段は畑にいるのでご連絡の際は留守電へ)
URL  ヴェレゾンノート

2020年03月05日掲載