戸津 圭一郎さん|陶芸家

戸津 圭一郎さん|陶芸家

戸津圭一郎さんが作るのは、粉引(こひき)と呼ばれる器です。やわらかで素朴な風合いで、使うには少々コツが入りますが、使い込むうちに味わいを増し、かけがえのないものになります。

やわらかで素朴な風合い、奥行きのある白。魅力の尽きない粉引の器


長和町に学者村と呼ばれる別荘地があります。ふたりの学者が保養を兼ねてこの地を訪れた折、ここが気に入って「研究に打ち込める別荘を作りたい」と役場に申し出たのを機に、1967年から造成がはじまったといいます。

この別荘地の一角、山間の森のなかに戸津圭一郎さんの工房はあります。

戸津さんは1969年、東京に生まれました。絵描きの祖父と彫刻家の父のもとで芸術に親しんで育ったはずの戸津少年ですが、ご自身は芸術ではなく工芸の道に進みます。

父は祖父から「絵描きはやめておけ」と言われ、その父から戸津さんは「彫刻で食べていくのは大変だぞ」と言われたそうで、ならば器を作ろうと、佐賀県立有田窯業大学に進学します。

卒業後は有田に留まり、窯元で働きました。有田といえば、17世紀に日本ではじめて磁器が焼かれたところ。透き通るような白い磁肌と、呉須(ごす)という藍色の顔料で描かれた染付け、ガラス質の上絵の具で描かれた赤絵が特徴です。

ここで戸津さんは職人として4年を過ごし、30歳を機に独立しました。

長和町(当時は長門町)には父の別荘があり、戸津さんは子どもの頃に何度か遊びにきたことがあったといいます。ここに父は居を移し、ブロンズ制作のアトリエをかまえていました。

特に迷うこともなく、独立に際してここへ移り、窯を築きました。そして磁器ではなく、粉引の器を作りはじめました。

佐賀県には有田のほかにもいくつかの産地があり、なかでも唐津焼はざっくりとした粗い土を使った素朴な雰囲気で、お茶や料理、お花を引き立てる器として人気があります。

戸津さんは、この唐津焼が好きで、唐津の土を使った粉引も習っていました。そして独立して作りはじめたのが粉引の器でした。

通常の陶器は土と釉薬の2層でできているところ、粉引はその間に化粧土が入ります。3つの層はそれぞれに膨張率がちがうので、熱い料理を盛ったり、冷たい水に浸けたりするうち互いに引っ張りあって、釉薬には貫入が、白化粧にはヒビが入ります。

ここに水分が入り込み、料理の色を吸い込みやすいため、粉引の器は使う前は水に浸したり、使ったあとはよく乾かす必要があったり、少々手はかかりますが、その分「器を育てる」楽しみがあります。やわらかく欠けやすい器でもありますが、その欠けも含めて魅力となるのは粉引の器だけでしょう。

手仕事ならではの指跡や、奥行きのある白、やわらかな土の雰囲気などその魅力は尽きませんが、何よりも料理をよく引き立てます。茶人や花人だけでなく、料理人に愛されるのもうなづけるのです。

繊細なワイングラスと素朴な粉引の器の取り合わせも、きっと素敵に映えることでしょう。

化粧土とはいえシャバシャバした状態。これを赤土の器にかける
寒い日に訪れたが、窯出しの後で工房内はポカポカと暖かかった
唐津焼の製法のひとつ、「三島手」の模様を刻むためのハンコ
粉引の器には指跡が残る。それがまた魅力のひとつになっている
戸津 圭一郎
とつ・けいいちろう

1969年、東京都生まれ。陶芸教室勤務を経て1991年に佐賀県立有田窯業大学に入学。卒業後、有田の窯元で4年間勤務。1997年、父の別荘のあった長門町に開窯。

取材・文|塚田結子  写真|平松マキ
2022年03月10日掲載