Vol.93 ドメーヌ・ド・ユノハラ
花岡秀敏さん、吉田健人さん、山本淳平さん、児玉健真さん
美ヶ原温泉の老舗旅館が
開設したワイナリー

Vol.93 ドメーヌ・ド・ユノハラ<br>花岡秀敏さん、吉田健人さん、山本淳平さん、児玉健真さん<br>美ヶ原温泉の老舗旅館が<br>開設したワイナリー

老舗温泉旅館の新たな挑戦

1964年創業、松本市美ヶ原温泉の追分屋旅館の3代目社長の花岡秀敏さんは、2003年、23歳の時から家業の追分屋旅館に従事し、旅館の特色を出すためソムリエの資格を取り館内にワインサーバーを導入するなど、ワインでの魅力づくりに力を注いできました。
こだわりの味わうお店 追分屋旅館

2018年、38歳の時に父から社長を継ぎ、初年度の決算を今まで通り迎えられてほっとしていたのも束の間、翌2020年に、これまで経験したことのないピンチに頭を悩ませることになりました。日本国内に新型コロナウイルスが蔓延、緊急事態宣言が出され、外出自粛要請が求められると飲食店や宿泊施設は大打撃を受けたのです。

花岡さんは「コロナがはじまったばかりの頃は、守りの時で "何もすべきではない"と考えていました」と当時を振り返ります。しかし事態は悪化するばかり。コロナ第4波(2021年3月〜6月)が襲来した時に「何かしなければ旅館の存続が危ぶまれる」と判断、「自分のできることはなんだろう」と考え、ワイナリー事業を立案、宿泊事業者を対象とした給付金を利用して、2023年8月にワイナリー「ドメーヌ・ド・ユノハラ」を開設しました。

波田町から製糸工場で使われていた蔵を旅館の横に移築しました。温泉街に馴染む、落ち着いた雰囲気のワイナリーです。
ワイナリーの2階は多目的会場としてショップや試飲、飲食等で利用していく予定です。
1905(明治38)年建立の蔵についてきた大黒さま。製糸工場からワイナリーへの新たな旅立ちを見守っているようです。

文学小径からぶどう畑へ

美ヶ原温泉は「束間の湯(つかまのゆ)」とも呼ばれ、日本書紀にも登場する歴史ある温泉です。松本市街まで車で15分という便利な立地から、今は閑静な住宅街になりつつありますが、風情ある石垣が残る老舗旅館も立ち並び、かつての面影を残しています。「文学の小径」と呼ばれ、多くの俳人や文豪が歩き、小説「夜明け前」で知られる島崎藤村も歩いた道があり、文学の小径の途中に、ドメーヌ・ド・ユノハラの自社畑があります。

その畑はもとは生食用のぶどう園で、休耕地になっていた場所でした。美ヶ原温泉などがある山辺地区は「長野県ぶどう発祥の地」です。花岡さんは「ぶどう園を復活させてその景観を残したい」と、同じ場所にワイン用ぶどうを植栽したのです。休耕地にそのまま残っていたナイアガラやデラウエアは樹齢が高く、長い間放置されていたので弱っていましたが、今後は醸造用のぶどうとして大切に育てていきたいと考えています。

醸造指導として、広島のワイナリー「Vinoble Vineyard(ヴィノーブルヴィンヤード)」横町崇さんを中心に、山形村の「大池(たいけ)ワイナリー」小林和俊さんや各関係者のアドバイスを受けながら、醸造主任の吉田健人さん、山本淳平さんらワイナリースタッフ4人と花岡さんが栽培と醸造を行っています。

「世界と比べると日本は雨が多いため、棚づくりの方が病気になりにくく収量も取れる」という横町さんの教えから、「メルローを棚づくりと垣根仕立ての両方で栽培し、どちらの栽培方法がこの地にあっているのか見極めたい」と、吉田さんは語ります。山本さんはすぐ近くの山辺ワイナリーで働いていた経験があり、頼れる相棒です。

標高630m〜730mほどに点在する自社畑は合わせて0.8ヘクタールあり、もともとあったナイアガラやデラウエアに加えて、メルロー、シャルドネ、ソーヴィニヨンブラン、ピノグリ、ピノノワール、竜眼(善光寺ぶどう)など全部で14種類を栽培しています。今まで旅館で提供してきたNAGANO WINEに引けを取らないワインづくりを⽬指し、2025年の初収穫を楽しみにしています。

地図のぶどう園と記されている場所がドメーヌ・ド・ユノハラの自社畑。看板は生食用ぶどう園時代のものですが、ワイン用ぶどう畑として復活させました。
文学の小径の途中にぶどう畑があります。旅館から徒歩10分ほど、湯上がりの散歩コースにもぴったりです。
手前が吉田さん、奥が山本さん。まだ植栽して1年、3年後の収穫が楽しみです。
もと生食用ぶどう園の休耕地に残っていたデラウエア。(吉田さん撮影)。
樹齢は30年くらい。休耕地で長い間放置されていたので弱っていましたが、手入れをすると実り、収穫することができました。(吉田さん撮影)。

旅館の料理にあわせたワイン造り

初仕込みは、休耕地に残っていたデラウエアとナイアガラをブレンドして白ワインを造りました。収量が足りなかったので契約農家からもぶどうを購入したのですが、その契約農家は、なんと花岡さんの高校の担任でした。「収穫を手伝ってくれな」と頼まれ、スタッフ数名で畑を訪れ収穫や選果作業を一緒に行なったそうです。

通常、デラウエアもナイアガラも単一でワインを造ることが多い品種ですが、ブレンドすることでフルーティーかつ、ボディを残した上品な味わいのワインになりました。「デラウエアやナイアガラは、アメリカ系品種ですが、できあがったワインは西洋品種で造ったワインに近い味わいになり、食事に合うのではと期待しています。

先生は生食用ぶどうのほかに、ワイン用ぶどうも何種類か栽培していたので、カベルネフランも購入しました。収穫したぶどうを除梗・破砕し 、果汁と果皮・種を一緒にタンクに入れて、果皮から色素を抽出して発酵させた赤ワインと、その果汁を色合いがピンク色になったところで果汁のみ引き抜いて発酵させたロゼのスパークリングワインも造りました。

ロゼは、はじめはスティルワイン(非発泡性ワイン)にするつもりでしたが、酸がありメリハリの効いたワインになっていたので、瓶内二次発酵させてスパークリングワインにしました。そうやって、ぶどうの様子を見ながらワインの方向性を決めています。

「旅館で提供する会席料理に合うワインを造ることが目標です。ワインが目的で宿泊するお客様だけでなく、普段ワインを飲まないけれど「長野県に来たからNAGANO WINEを飲みたい」というお客様にも寄り添えるように今後ラインナップを増やし、みんなに喜んでもらえるワイン造りを目指しています。

初ヴィンテージの「Delaware&Niagara2023」。旅館の会席料理に合うように辛口に仕上げました。
1000Lと500Lのステンレスタンク。ラインアップを多くするため、少量ずつ仕込みます。
樽香をつけるため木樽にシードルを貯蔵することも。完成が楽しみです。
松本市はりんごの栽培も盛んです。
旅館の仲居さんも仕込みのお手伝い。旅館のスタッフもワイナリーのスタッフもお互い忙しい時は助け合っています。(吉田さん撮影)。
取材・文/坂田雅美  写真/平松マキ

   

児玉健真さん 花岡秀敏さん 山本淳平さん 吉田健人さん

こだまけんま はなおかひでとし やまもとじゅんぺい よしだけんと 

花岡秀敏(中央左)1980年生まれ。松本市出身。大学卒業後、鬼怒川温泉の有名ホテルで勤務ののち、23歳で実家の追分屋旅館に戻り、2018年社長就任。コロナ禍をきっかけに旅館の特色をよりアピールするべくワイナリー「ドメーヌ・ド・ユノハラ」を開設する。

吉田健人(右)1991年埼玉県生まれ、千葉県育ち。2018年、27歳の時に実家が松本に移ったことを機に自身も移住する。東京の飲食店での勤務経験があり、ワインに興味があったことからワイナリーの栽培醸造主任に。旅館スタッフも兼任している。

山本淳平(中央右)1992年生まれ。松本市出身。山辺ワイナリーの営業を担当しながら栽培と醸造のすべてを経験。2023年より追分屋旅館のスタッフとして従事する。栽培・醸造を担当しているが、旅館スタッフも兼任し、食事出しから浴場清掃まで、なんでもおこなう。

児玉健真(左)1994年生まれ。秋田県生まれ埼玉県育ち。元々東京で製薬業界に勤めていたが醸造家を志して、松本に移住する。栽培・醸造に加え、ソムリエも目指して接客サービスを勉強中。

ドメーヌ・ド・ユノハラ

 

所在地 長野県松本市里山辺土イジリ1192-8
URL ドメーヌ・ド・ユノハラ

※2024年5月中旬以降に、シードルのみを販売予定です。

※畑・ワイナリーの見学は要相談。メールにてご連絡ください。
MAIL d.yunohara@oiwakeya.com

追分屋旅館
TEL 0263-33-3378
URL 追分屋旅館公式サイト

2024年03月05日掲載