vol.63 ナゴミ・ヴィンヤーズ
池 敬絃さん

野生酵母で醸し
自然と向き合うワインづくり

vol.63 ナゴミ・ヴィンヤーズ<br>池 敬絃さん<br><br>野生酵母で醸し<br>自然と向き合うワインづくり

NAGANO WINEの急進地、東御市和(かのう)

NAGANO WINEの先進地を塩尻市桔梗ケ原とすれば、東御市和(かのう)はNAGANO WINEの急進地といえます。

もともと巨峰など生食用ぶどうの栽培が行われていたこの地に、1991年に玉村豊男さんがワイン用ぶどうを植え、2004年に「ヴィラデストワイナリー」を設立しました。その後、ワイン造りへの志をもった作り手が全国から集まってきました。

2008年には東御市がワイン特区に認定され、2010年以降「リュードヴァン」や「はすみふぁーむ」がワイナリーを立ち上げ、2015年には新規就農者の受け皿として委託醸造を担う「アルカンヴィーニュ」が設けられました。続々と後進が続き、2020年3月現在、東御市内には10軒のワイナリーがあります。

そのなかのひとつに池敬絃さん、和美さん夫妻が営む「ナゴミ・ヴィンヤーズ」があります。「ナゴミ」は、畑が位置する和(かのう)にちなんで名づけられました。

遠くアルプスを望む畑は美しく整えられ、健やかにぶどうが実る

新規就農でワイン用ぶどうを栽培

東京都出身の池さんは39歳のとき、通信インフラのSEの仕事を辞し、農業をやるため2010年2月に東御市へ移住してきました。

ワインが好きで、ワイン用ぶどうを栽培したいとを考えていた池さんですが、就農相談では、東御市は巨峰の栽培が盛んであること、技術をもった先駆けがいることを教えられます。

また、当時は今ほどワインづくりへの理解は深まっておらず、ワイン用ぶどうのための農地を見つけるのは困難でした。まずは1年間、里親となる巨峰農家のもとで栽培を学び、2年目に成園を任されます。

巨峰の栽培を介して地元での信頼関係を築き、農地を借り受け、就農して3年目にワイン用ぶどうの栽培に取り組みはじめます。そこは、朽ちたぶどう棚のある畑でしたが、ヤブを刈り、重機を用いて棚や支柱を撤去すると、遠くアルプスを望む絶景が見わたせるようになりました。

迎えた2013年の春、ソーヴィニヨン・ブラン600本を定植し、いよいよナゴミ・ヴィンヤーズとして始動。長野県主催のワイン生産アカデミーや東御市内のワイナリーで研修を重ねながら、年々、新たな畑を拓いて栽培品種を増やしていきました。

取材にうかがった8月はまだまだ畑仕事が主で醸造はこれから
ワイナリー内では解体整備途中の部品が

野生酵母で仕込むワイン

2016年にはファーストヴィンテージとなるソーヴィニヨン・ブランをアルカンヴィーニュへ委託醸造しました。醸造を担う林忍さんは「野生酵母の扱いでは名人」と池さんが信頼を寄せる人です。

2018年にワイナリーが完成し、初仕込みをする際も林さんが醸造指導として参加しました。「林さんがいてくれたので、安心して野生酵母での仕込みに取り組むことができました」と池さんは言います。

野生酵母によるアルコール発酵はリスクがつきものですが、池さんは「たとえばソーヴィニヨン・ブランのふくよかな果実味と柑橘の香り、いろんな味わい、その隙間すべてが埋まる感じ」と、ワインの出来に手応えを感じています。

また「この土地でとれるぶどうの魅力を引き出せるように」と、シャルドネはステンレスタンクを使用して果実本来のフレッシュさを際立たせたり、マロラクティック発酵※1や木樽での熟成による深みを与えるなど、醸造方法を工夫しています。

※1 リンゴ酸を乳酸に変えることで酸味がまろやかに、味わいが複雑になる。赤ワインで行われることがほとんど
左から、ナガノパープルと巨峰など生食用ぶどうを使用したスパークリングワイン「ラブルスカ・フリッツァンテ」(2019発売中)、シードル、ソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネ、ピノ・ノワール(以上2018。ピノは完売)

なかでも力を入れているのがピノ・ノワールです。マセラシオン・カルボニック※2により美しい色と豊かな香りを引き出し、ほかのワインと同様、ビン詰めの際はポンプを使わずに重力を利用し、無濾過、無清澄で仕上げます。無駄な負荷をかけずにつくられたワインは、やさしくスムーズな飲み口です。2シーズン目となる2019年は「手応えのあるものができました」と自信がみなぎります。

※2 破砕や除梗をせずにぶどうをまるごと密閉式のタンクに入れ、自重でつぶれて自然発酵させる。ボージョレワインの造り方

畑の開墾、ぶどうの栽培、手間をかけた醸造、すべての工程において、妻の和美さんの存在が欠かせません。「ワインづくりを志した時から二人三脚でやってきました」との言葉に、妻への感謝がこもります。

「SEの仕事はスクラップ・アンド・ビルドのくり返しで、身につけた技術が邪魔になることも。でも農業は何世代にもわたって受け継いでいくものです」。そして「SEの世界では技術がすべてで、それを超えるものに委ねるプロセスがありませんでしたが、農業では自然が主体です」

天候と同じく酵母の働きもまた人の手の及ばぬもの。だからこそ人は経験を重ねて自然を読み解き、より良い結果を導いてきたのです。これから栽培と醸造の経験を重ねていく池さんのワインが、ますます楽しみでなりません。

(取材・文/塚田結子  写真/平松マキ)

池 敬絃

いけ としひろ

1971年生まれ、東京都出身。2010年に妻の和美さんとともに東御市へ移住し、巨峰を栽培。荒廃農地を開墾して2013年からワイン用ぶどうの栽培をはじめる。試験醸造を得て2016年に委託で初仕込み。2018年にワイナリーが完成し、自社醸造を開始した

ナゴミ・ヴィンヤーズ 東御和ワイナリー

なごみゔぃんやーずとうみかのうわいなりー

所在地 東御市和3420-10
TEL   0268-80-9100(FAX兼用)
MAIL    shop@nagomivineyards.jp

URL  ナゴミ・ヴィンヤーズ

2020年03月10日掲載