vol.103 ぶどうやぶ
松本大輝さん、衣里子さん

家族でワインをつくりながら
信州新町で暮らしてゆく

vol.103 ぶどうやぶ<br>松本大輝さん、衣里子さん<br><br>家族でワインをつくりながら<br>信州新町で暮らしてゆく

地元の名物ジンギスカンとジンギスワヰン

2010年に長野市と合併した信州新町は、長野市街地から車で西へ約30分。標高4201160mと起伏に富んだ、自然豊かな山間の急傾斜地です。

江戸時代には犀川の水運と善光寺街道の宿場で栄え、商業の町としての歴史があります。一方で養蚕や緬羊飼育も盛んで、蚕のサナギは豆殻などとともに羊の飼料となりました。毛と肉の両方を利用できる緬羊は、その後ジンギスカン料理へと発展します。

国道19号線は「ジンギスカン街道」と呼ばれ、ジンギスカン料理を提供する飲食店が立ち並びます。信州新町のジンギスカンは、あらかじめタレに漬け込むことが特徴で、道の駅や地元のスーパーでも、各店オリジナルの特製タレに漬けたマトンやロース、サフォークなどが販売されています。

このジンギスカンとよくマッチする「ジンギスワヰン」をつくるのが、信州新町のワイナリー「ぶどうやぶ」です。
 

ワインのラベルは衣里子さんが考案。セミが4匹描かれた「セミヨン」、小さな饅頭が3つの「プティマンサン」など洒落が効いている

医療従事者からワインメーカーへ

「ぶどうやぶ」は202410月、松本大輝(たいき)さんと衣里子(えりこ)さん夫妻が日原地区の櫟平(くぬぎだいら)に開設しました。

大輝さんと衣里子さんは、もともと松本市の病院に勤める理学療法士と看護師でしたが、2016年「このまま病院で定年退職を迎えるよりも、何かに挑戦してみたい」と、5年間勤めた病院を辞めて、ふたりでニュージーランドに渡ります。
 

ワイナリー名は、借りたぶどう畑が、かつて地元の人から「ぶどうやぶ」と呼ばれていたことに由来する

「何も決めずにワーキングホリデーのビザだけ取って、僕は現地でツアーガイドをしていました」と大輝さん。衣里子さんは「私は地元のレストランのキッチンで働いていました」

もともとワインが好きなこともあって、ワインづくりの盛んなニュージーランドを選んだふたりは、仕事帰りや休日に、ワインのおいしい飲食店やワイナリーへ立ち寄ることが日常になりました。

「自分たちもワインをつくりたくなって。ニュージーランドの醸造家たちは、地元のリンカーン大学で学んでいる人が多いので、我々もきちんと勉強したうえでワインづくりに携わっていきたいと思い、そこを目指すことにしました」と大輝さんは言います。
 

収量が多くなるように、かつ、なるべく密集しないように剪定する。オーストラリアで学んだシングル・ギヨ仕立て

リンカーン大学に入学するためにはIELTS(アイエルツ、読む・書く・聞く・話すの4技能の英語試験)のスコアが必要になります。

そこで、いったんフィリピンの外国語専門学校に入学し、3か月間集中して学習し、必要なスコアを取得しました。その後、オーストラリアへ渡って約1年半、ワイン用ぶどうの畑で働きながら資金を蓄え、2019年、満を持してリンカーン大学への進学を果たします。

衣里子さんは「オーストラリアでぶどう畑の1年を見てから大学で学べたのは、自分が感じたことの確認もでき、大きな経験になりました」と振り返り、大輝さんも「自分の好きなようにワインをつくれたので、醸造の基本的な部分が学べました」と続けます。

ふたりとも日本の大学を卒業しているため、リンカーン大学は編入扱いになり、1年間で卒業することができました。帰国後、衣里子さんの実家がある信州新町で畑を探しはじめると、実家が農家ということもあり、人とのつながりに恵まれて、とんとん拍子に畑が見つかりました。


この地に適したぶどうをこの地に適した栽培方法で 

暑さや湿度に強い品種を選び、20204月にぶどうの苗を植えました。標高500〜550mにある2ヘクタールの畑で栽培しているのは、アルバリーニョ、プティヴェルド、プティマンサン、ヤマソーヴィニオンなど、11品種6000本。酸が残ったうえで、しっかり完熟した状態で収穫できる栽培方法や、収穫量が多くなる栽培方法を取り入れています。

オーストラリアやニュージーランドとちがって日本は湿度が高く、はじめは慎重に作業を進めました。「向こうは乾燥していて病気が広がらないので、無農薬あるいは有機栽培、いわゆるオーガニックな造りが簡単にできる国なんです。日本でやりながら、学び直すというか、気がついていくことが大きかった」と大輝さんは当時を振り返ります。

真剣な眼差しの大輝さん。ぶどうの持ち味を生かすワイン造りをしている

経験を積むなかで「そんなにがんばらなくてもいいかな」と思える作業はどんどん削ぎ落とし、自分たちなりの栽培スタイルを見つけていきました。

たとえば「畑の雑草は安易に刈るよりも、ある程度生えていた方が地温の上昇を防げる」こと。夏の摘芯や除葉が大切といわれるものの、日本では樹勢が強くなるので「多少葉っぱが生い茂っていても、日陰をつくっておいた方が香りの高いぶどうが収穫できる」こと。そんなことがわかり、少しずつ農薬の量を減らせるようになったといいます。

今は子育てメインだが、大輝さんとともにリンカーン大学で醸造を学んだ同志であり相棒の衣里子さん


小仕込みでぶどうの持ち味を生かす

大輝さんは「まだ2年目のワイナリーなので、あまり型にはまらずに、持ち玉を増やすために、いろいろ試して実践を積んでいきたい」と言います。

白ぶどうのプレス前に皮との接触時間を長くしてオレンジワインのように醸したり、赤ワインの発酵が終わっても皮をそのまま1週間おいてみたりと、試行錯誤しています。

単一品種の小仕込みが多いのですが「それぞれの品種が自分の子どもだったら、野球をやらせるのか、ピアノをやらせるのか、その子の持ち味によって変わってくる」と、ぶどうの顔色を見たり、味をみたりしながら「適切なアプローチができるようになりたい」と語ります。
 

右端にあるバレル(樽)型のコンクリートのタンクは、愛知県にある「ゴトウコンクリート株式会社」の国産のタンクで、温度変化が少なく機密性が高い

冒頭でも触れた看板商品の「ジンギスワヰン」は、ヤマソーヴィニオンとプティヴェルドのブレンドです。町の名物ジンギスカンは羊肉のため少しクセがあり、漬けタレにスパイスが効いているので、野生味のあるヤマソーヴィニオンが合うとのこと。独特の野性味を飲みやすくし、バランスをとるためにプティベルドとブレンドし、瓶詰めしました。

「このワインは、ジンギスカンに合わせて味わいを決めたうえでブレンドしています。ヤマソーヴィニオンもプティヴェルドも酸味が強いのですが、その酸味が脂と相性が良い。木樽に入れると角が取れてまろやかになりますね」と大輝さんは言います。
 

目指すは農家が営む家族経営のガレージワイナリー

ワイン用ぶどうと並行して、3ヘクタールの畑でズッキーニや枝豆、野沢菜なども育てています。ぶどうの収穫と野沢菜の種まきが重なる秋は目の回る忙しさですが、「農家がガレージでつくるワインが自分たちのスタイル」と大輝さんは楽しそうに語ります。

地元の人に家庭料理と合わせて気軽にワインを飲んでほしいからと、2000円台の手頃な価格で道の駅やスーパーでも販売しています。

信州新町の温泉旅館「さぎり荘」で旅館オリジナルのジンギスカンと一緒に楽しめるワイン会を行ったり、東京・銀座にある長野県のブランドショップ「銀座NAGANO」で地域と連携したイベントを開催したり。地域おこしの担い手としても町から期待され、地元に愛されているワイナリーです。

松本大輝さん、衣里子さん、周太くん

まつもと・たいき、えりこ、しゅうた

2016年、夫婦でニュージーランドへ渡航。ワーキングホリデーで働くうちにワインのつくり手を志す。2018年、オーストラリアでぶどう栽培を学び、2019年にリンカーン大学醸造学科に入学。1年で卒業し、信州新町へ移住。2024年にワイナリー開設。

大輝さんは1988年生まれ、北海道出身。衣里子さんも同年生まれ、信州新町出身。周太くんは癒し担当として畑仕事を手伝う。

ぶどうやぶ

所在地|長野市信州新町日原東1276-1
TEL|090-6268-6942
MAIL|budoyabu★gmail.com
(★を@に変えてください)
公式サイト|http://budoyabu.jp/
通販サイト|https://budoyabu.official.ec/

取材・文/坂田雅美  写真/平松マキ
2026年03月12日掲載