Vol.75 Vin d’Omachi Ferme36(ヴァン・ドーマチ・フェルムサンロク)
矢野喜雄さん・久江さん・壮達くん

大町のポテンシャルに惹かれて
100年後も続く農業の礎に

Vol.75 Vin d’Omachi Ferme36(ヴァン・ドーマチ・フェルムサンロク)<br>矢野喜雄さん・久江さん・壮達くん<br><br>大町のポテンシャルに惹かれて<br>100年後も続く農業の礎に

大陸プレートや断層が複雑に入り組んだ大町市

長野県は南北に長く、多様な地質と気候に恵まれています。
日本アルプスをはじめ3,000m級の山々が連なる山岳県ですが盆地も点在しているので、ぶどう畑にも大きな標高差が生じます。
例えば千曲川ワインバレー区内で比べても、小諸市のマンズワイン小諸ワイナリーの標高の高いところにあるぶどう畑は900m、長野盆地にある長野市のサッポロ古里ぶどう園は340mというようにその差は500m以上もあるので、冷涼な地域で栽培される品種から温暖な地域で栽培される品種までさまざまなワイン用ぶどうが栽培されています。
そして、フォッサマグナや中央構造線などによる複雑な地形地質に加え、日本海型と太平洋型の両方の気候の影響も受けるので多様なテロワールを表現できる、世界的にも珍しいエリアです。

長野県の北西部にある大町市は「糸魚川―静岡構造線」という断層が通過、同じ市内でもこの断層を境に東西で地質が違う、興味深い地域です。

東側はフォッサマグナ(ラテン語で大きな溝)とよばれる約2000万年前〜300万年前は海だった場所に陸地から砂礫などが堆積し、地殻変動によって隆起しました。二枚貝の化石が発見されるなど、太古に海底だったところが地表近くに確認できる場所もあります。

一方西側は、260万年前〜160万年前に爺ヶ岳付近で発生したカルデラ火山噴火によってできた火山岩と、マグマが地下でゆっくり冷えてできた花崗岩が地殻変動によって回転隆起、標高3000m級の北アルプスの山々に。その火山岩と花崗岩が河川によって運ばれ、扇状地を形成しました。  

この地質に注目し、ワイナリー「Ferme36(フェルムサンロク)」を開設したのがオーナーの矢野喜雄さんと妻の久江さんです。

Ferme36の圃場は「糸魚川―静岡構造線」の西側に位置しています。
畑から歩いて5分ほどのところにある、地層がよく現れている場所を見学に行くと、10〜15cmくらい耕土が積もったその下には石がゴロゴロとしていました。
「近くを流れる鹿島川が長年かけて山から石を運び、扇状地をつくったことがよく分かる場所でした。うちの畑も少し掘ったらすぐに石に突き当たるのできっと同じかな」と、喜雄さんは微笑みます。

ボジョレーやローヌ地方の北側の土壌は花崗岩が多いことで有名です。北アルプスも花崗岩でできているので、Ferme36のぶどう畑も花崗岩が多いのではと期待したそうですが、近くで行われた掘削調査によると、花崗岩30%、火山岩70%の割合で埋め尽くされていたそうです。
花崗岩が多かったわけではないものの、扇状地ということは、基本的に水はけがとてもよいということ。火山岩が多いという土壌も特徴的でおもしろいのでぶどうがその養分を吸ってどのようなワインができるのか、テロワールに期待を寄せています。

「地質がワインの味わいに与える影響は科学的に実証されていませんが、ブドウは砂礫層の隙間を伸びて、10m以上根を伸ばすといわれています。大町山岳博物館の先生によると、大町市の扇状地を形成する砂礫層は地下300mくらいあるのではないかと考えられているそうです。砂礫層の多様な岩石の合間を縫いながら、様々な岩石由来のミネラルを吸い上げ果実に反映して、ワインの味わいになると想像すると夢があります」と、太古の地球の営みに思いを馳せながら喜雄さんは語ります。

赤い砂は鉄。そのほか、マグネシウム・黒雲母・角閃石などがみられます。

家族みんなで大町のテロワールを反映したワイン造り

もともと東京で建設会社の総務部で働いていた喜雄さんは「お酒好きが高じてワイン業界に足を踏み入れた、自称シニアノムリエです」と笑います。
たまたま職場の後輩が東京農業大学醸造学部出身で、大学時代の先輩である曽我貴彦さんを手伝うため、ココファームへワイン用ぶどうの苗植えに行くというので、おもしろそうだと思い一緒に参加しました。そこで、ココファームの母体、指定障害者支援施設こころみ学園の園長、川田昇さんと学園生たちが一生懸命働いている姿に価値観が180度変わるほど感銘を受けて、2003年にココファームへ入社します。

当時のココファームには、10R(トアール)ワイナリーのブルース・ガットラヴさんやドメーヌ・タカヒコの曽我貴彦さん、現ココファーム醸造責任者の柴田豊一郎さんが在籍していました。3人ともいまや日本のワインシーンを牽引する醸造家です。そうした先達のアシスタントとして働くなかで、気候風土への理解と敬意に基づいたワイン造りを学び、世の中にこのような考え方、文化があったのかとすっかりワイン造りにのめり込んでいきます。
「オープンマインドで人を受け入れ、自分たちの知っている知識、持っている技術をすべて惜しげもなく伝え、海外へ研修にも行かせてくれる、本当にすごい集団でした。鍛えていただきましたね。今でも感謝しているし、尊敬しています」と、当時を振り返り熱く語ります。

ワインの瓶詰めが終わると「お疲れさま会」と称して、よくワイナリーの仲間と飲食店へ飲みに行っていた喜雄さん。訪れた中国料理店で店員をしていた久江さんと知り合い結婚、2012年に壮達(そうた)くんが生まれると、自然豊かなところで子育てしたいという想いと、自分でぶどうを栽培しワインを造ってみたいとの想いから2014年の春に大町市に移住します。

Ferme36のある大町市平新郷(たいらしんごう)は、戦後間もない昭和20年代に開拓された場所。水はけの良い土地だったので、米作りのためにわざわざ耕土を運び入れた歴史があります。近所に住む地主さんからも、幼少期にザルで土を濾して耕土をつくる手伝いをした話を聞いた喜雄さんは「その苦労は想像を絶するものだったと思います。それが休耕田の活用とはいえ、その耕土の床(とこ)を壊して、ぶどう畑に変えてしまったのだから、地元の人の心情はいかばかりだったかと思います。それなのに、自分たちを受け入れてくださった。本当に感謝しています。その開拓魂を引き継いでいきます」と、力強く語ります。

はじめは虫も触れなかった久江さんも喜雄さんに教わりながら、ぶどう栽培に携わるようになりました。

毎年植栽を重ね、2021年現在、180a(アール)の畑に4500本のワイン用ぶどうが栽培されています。

「微生物の力も借りながら、その土地の持つテロワールを反映した健全なぶどうを収穫したいので、化学農薬は使わず、主にボルドー液を中心に対処しています。病気が出る前にボルドー液を散布することで防除しているので、発病してからでは効きめが弱いなどのリスクがあり、収穫するまで気が気でない。とても勇気がいる農法なんです。うちは有機農法ではなく、勇気農法!」と、ユーモアを混ぜながら喜雄さんは笑顔で語ります。

いつもぶどうと真剣に向き合う父母の姿を見ているので、息子の壮達くんも、自然と畑作業や醸造作業を楽しみながら手伝っています。
とくに、ぶどうの果汁を搾り終わったあとのプレス機を洗う作業がお気に入りで、はりきって洗浄しています。
「本人は水遊び感覚なのかもしれませんけど、貴重な戦力です」と、久江さんも壮達くんの肩を抱き寄せながら微笑みます。
仕込み作業がすべて終わると深夜になっている日もありますが「家族総出でぶどうと向き合った、かけがえのない幸福な一日として壮達の記憶に残ればいいな」と、喜雄さんは願っています。

家族みんなで大切に育てたぶどうを、醸造工程ではなるべく人為的介入せず、ぶどうがなりたいワインになれるよう見守ります。
全房のまま果汁を搾り、グラヴィティフローでタンクへ移動。酸化防止剤として使用する亜硫酸は無添加もしくは極微量で、ぶどうの果皮にいる野生酵母で醸された自然な味わいを清澄やろ過で引くこともなく、ぶどうの持ち味を純粋に反映させたワイン造りをおこなっています。

「妻が一緒に農業をやってくれたのはうれしかったですね」と喜雄さん。目標は、北海道の中澤ヴィンヤードの中澤夫妻や北イタリアのクエンホフ・ピーター・ブリガー夫妻。家族で農業を営み、身の丈にあった暮らしができたらと、久江さんや壮達くんとともに三人四脚で取り組みます。
蝋キャップとラベルの装着作業をする父と息子。どことなく雰囲気が似ている、なんとも愛おしい後ろ姿。(久江さん撮影)

100年先も持続可能な農業を願って

大町市にどのようなぶどう品種が適しているかは、「アメリン&ウインクラーの気候区分」をひとつの指標にしています。

10℃以下ではぶどうの樹は生育しないとみなし、41日〜1031日までの、生育に関与した日の日ごとの平均気温を足した有効積算温度で気候の区分を定めたもので、矢野さんの計算によると大町市は有効積算温度が1390℃くらいになり、ワイン産地の気候区分では冷涼な地域に位置付けされます。
つまり、長野県では東御市と同じくらいで、海外だとドイツのラインヘッセンやフランスのシャンパーニュなどと同じくらいということになります。

そこで、シャルドネやメルローに加え、冷涼な環境に合いそうな品種、ピノ・グリ、ソーヴィニヨン・ブラン、シルヴァーナ、ゲヴュルツトラミネール、ピノ・ノワールなども栽培しています。

10年、20年たってみないと、どの品種がこの地にあっているのか見えてこないと思っています。息子の代、孫の代まで続けていくことが農業だと思っているので、自分たちの代は実験台として、いろいろな品種を栽培して絞り込むステージ。栽培しやすい適正品種を見つけることが役目だと思っています」と、喜雄さんはその先の未来を見据えて模索します。

ココファームの「健常者も障がい者もすべての人が誇りを持って一緒に働き、誰もが幸せに暮らす」という理念を踏襲し、大町市内の障がい福祉サービス事業所と農福連携もおこなっています。
お願いするのは、ぶどうの株元の草取り、防鳥ネットの設置、レインカットの設置、病果の除去、赤ワインを仕込む際の手除梗、無事に冬越しさせるため幹にわらを巻く作業など、多いときは週3回ほど。ひとつのことにこだわるという障がいの特性を生かし、明るい雰囲気で丁寧に黙々と作業を続けてくれる、強力なパートナーです。

「次の代に胸を張って引き継げる方法を確立できたら、自然とワインに関連した産業を営む仲間が集まり、やがて文化となり、歴史となっていくのではないかと思います。自分たちがひたむきに続けていくことで、大町のワインがNAGANO WINEを盛り上げるひとつのシーンになっていければいいな」と、喜雄さんは今後の展望を語りました。

ワインに名付けれられた「Remerciements(ルメルシマン)」は、フランス語で「感謝」。縁もゆかりもない自分たちを受け入れてくれた地元の人、畑を手伝ってくれる福祉サービス事業所の仲間、助力をいただいたすべての人に「心から感謝」という意味が込められています。
どんなに文明が進歩しても、「祈り」や「感謝」の気持ちを大切にする人でありたいと願う喜雄さんの思いが詰まったワインです。
合鴨農法で無農薬の米作りもしています。合鴨は、田んぼの雑草や害虫を食べてくれる相棒。「稲作に向き合うことで日本人が昔から大切にしてきた情熱や情念を感じ、身が引き締まります」と、喜雄さん。大町の開拓魂は確実に引き継がれています。
(取材・文/坂田雅美  写真/平松マキ

矢野喜雄さん・久江さん・壮達くん

やのよしお・ひさえ・そうた

2014年、大町市に移住。ワイン用ぶどう栽培をはじめる。2017年ヴィラデストワイナリーにて委託醸造、白品種の混醸「Remerciements(ルメルシマン)2017 BLANC」を初リリース。2019年自社ワイナリー開設。喜雄さんは、1970年生まれ、埼玉県出身。久江さんは1971年生まれ、栃木県出身。壮達くんは、ちびっこヴィニュロンとして、よろづ作業を担当している。

 Vin d’Omachi Ferme36

ヴァン・ドーマチ・フェルムサンロク

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2022年02月15日掲載