vol.47 ドメーヌ長谷
長谷 光浩さん

混植混醸ワイン
ゲミシュターサッツを高山村で

vol.47 ドメーヌ長谷<br>長谷 光浩さん<br><br>混植混醸ワイン<br>ゲミシュターサッツを高山村で

ユネスコが認めた人と自然にやさしい農村、
高山村に3軒目の個性派ワイナリー誕生

長野県北東部に位置する高山村は、志賀高原ユネスコ エコパークに登録された上信越高原国立公園内の松川渓谷と、その扇状地に山里の原風景が広がる美しい農村です。

年間降水量が少なく標高が高いため、冷涼で昼夜の寒暖差が大きく、西傾斜による長い日照時間、砂礫質で水はけのよい土壌など、ワイン用ぶどうの栽培に適した地域です。

圃場の整備やワイン特区の取得など、県や村のバックアップも大きく、近年盛んになったワイン用ぶどうの栽培が、耕作放棄地解消にも貢献しています。

この地に惚れ込み、ご両親とともに家族2世帯で移住したのが長谷光浩さんです。

大手の外資系レコード会社に勤めていた頃、年収の何割をつぎ込んだかというほどのワイン好きで、社内のみならず社外の人からも相談を受けるほど、自他ともに認めるワイン通でした。

2012年、妻と国内のワイナリー巡りを楽しみ、その旅の最後に立ち寄ったヴィラデストワイナリーで、ピノ・ノワールを試飲した瞬間、衝撃が走ったといいます。

長谷さんは、日本でピノ・ノワールのワインを造ることの難しさを感じていました。しかし、そのワインは、味、香り、色ともに、まぎれもなくピノ・ノワールの特徴を表していたのです。

感動のあまり、ブツブツと心の声が漏れていた長谷さんの様子をスタッフが不審に思い、オーナーの玉村豊男さんに相手をしてもらうよう頼んだ、というのは後日の笑い話です。

自分もワインを造ってみたくなり、すぐに玉村さんに手紙を書いた長谷さんは、仕事の合間を縫うように時間を割いては、ヴィラデストなどへ足を運ぶようになります。

ワイン生産アカデミーで学び開業

2013年には、長野県が開講しているワイン生産アカデミー1期生になりました。同期には、2015年に大町でワイナリー、ノーザンアルプスヴィンヤードを開設した若林政起さんがいました。

そして同じ頃、高山村で今の畑にも出会いました。「斜面にロマンを感じた」という長谷さんのひと目惚れです。

2014年にレコード会社を退職し、高山村へ移住。シャトー・メルシャンの契約栽培農家として、村内きっての実力派若手栽培農家の佐藤明夫さんのもとで修業をします。2015年には満を持して就農。同時に、民間初のワインアカデミー、アルカンヴィーニュの1期生となります。

そして2年後の2017年、いよいよ「ドメーヌ長谷」を開設しました。

既存の考えにとらわれない新しいアイデアに出会えるかもと、あえてワイナリーを建てたことのない建築設計事務所を指名
随所にこだわり、作業性重視だけではない美しいワイナリーに
ワイナリーはバックヤードを開閉し、収穫したぶどうを畑から直接破砕場へ運ぶことができる。その後、醸造、瓶詰めして玄関から出荷と、一連の動きで作業が進む

ワイナリーは、高低差2mという斜面を平らにするために、半分地面を削りました。半地下になったことで、外気の寒暖差が激しくても、室内の温度差は1日の中でプラスマイナス2、3度で済むようになり、緩やかな温度管理ができるようになりました。

また、斜面を生かし、破砕場を上段に設置して、重力に逆らわず、果汁にストレスをかけずにタンクへ移動できるグラビティフローシステムを導入しました。

導線を考え、畑から直接トラックで運び、破砕圧縮、醸造、貯蔵、出荷までが一直線の流れでできる使い勝手の良さはもちろん、冷暖房を完備し、上質なスピーカーを設置するなど、毎日来たくなる快適空間をつくりました。目指すところは、自分も孫も、その先の代まで続く、永続可能な農業です。

混植混醸、畑でブレンドしたぶどうを野生酵母で醸す

たくさんのワインを飲み、国内外の文献を読むなかで長谷さんがたどり着いたのは「混植混醸ワイン」でした。

同じ畑に、その土地に合った何種類ものぶどうを植えて一斉に収穫、醸造するという、ゲミシュターサッツ(フィールドブレンド)と呼ばれる方法です。

「混植混醸するので、品種の特徴は全面に出ませんが、その分、土地のテロワールをはっきり表現するといわれています」

ただやみくもに混植するのではなく、たとえばピノ種とグアイス・ブラン種の交配種であるシャルドネは、同じ畑にピノ・グリ、ピノ・ブランなども植えるというように、同じピノ種でそろえます。

ピノ・グリ、ピノ・ブランなどが混醸されたシャルドネ。除々にパイナップルや梨の香りも出てきていて、これからどんなふうに変わるのか楽しみ
ラベルは、現在製作中。レコード会社時代に知り合ったCD制作を手がけるデザイナーに依頼している

また、同じ品種でもクローンちがいで植えるというこだわりも。クローンがちがうと、味や香りもちがい、なかには同じ品種とは思えない樹もあるとか。

品種がちがえば当然、熟期も変わってきますが、早期収穫の酸味や熟期を過ぎた甘味が加わります。また、お互い干渉し合うのか、熟期があまりずれなくなってくるといいます。

そして畑でたくさんのぶどうを試食し、「この酸味と果実味ならば、あの品種をもう少し増やそう」というように、ブレンドした味をイメージし、樹を植え替えるなど毎年調整しています。

アルカンヴィーニュで委託醸造したファーストヴィンテージはシャルドネやピノ・ノワールなど11品種を野生酵母で混醸したため、赤でも白でもロゼでもない、オレンジ色となりました。

できたてを試飲すると、この後どうなるかまったく予想のつかない味だったそう。アルカンヴィーニュの同期生からは、驚きと期待を込めて「なんじゃこりゃワイン」と言われたといいます。

「これがおもしろいんですよ。瓶熟成を半年かけたことにより、それぞれの品種のニュアンスは残りつつ、このような品種があるのではないかと思うくらい混然一体となりました」

日本の固有種、マスカット・ベーリーAを世界へ
いつかは祭りで飲まれる地酒のような存在に

日本の風土が反映された独自のワインが世界に認めてもらえなければ、やっている意味がないと語る長谷さんは、欧州品種に加え、日本固有種であるマスカット・ベーリーAの可能性も探っています。

マスカット・ベーリーAは、「日本ワインの父」と呼ばれる川上善兵衛が1927年に交配した、新潟原産の日本を代表する赤ワイン品種です。2013年に国際品種となり、徐々に世界に認知されつつあります。

最初に立ち上ってくるイチゴの香りが、フラネオールという有機化合物によるものであることが2015年に判明しました。欧州品種のピノ・ノワールにも含まれている物質なので、長谷さんはヨーロッパにも受け入れられるのではないかと期待し、海外へ輸出することも視野に入れています。

もうひとつの夢は、地元の集まりで自分のワインが飲まれること。

「まずは、首都圏のワイン好きのお客さんに飲んでもらって実力をつけ、ワイナリー巡りをしてもらって観光につなげ、地元の人にも目を向けてもらえるようがんばりたい。最終的には、日頃お世話になっている地元の人には、日常的に飲んでもらえるよう価格を抑え、地元にしか流通しない、おいしいワインを提供したい」

長谷さんの奮闘はこれからも続きます。

「山梨のダイヤモンド酒造の雨宮吉男氏が醸造したマスカット・ベーリーAがとてもおいしくて、目指しているワインです。世界で勝負しろと背中を後押しされたようでした」と長谷さん
(取材・文/坂田雅美  写真/阿部宣彦)

長谷 光浩

はせ みつひろ

石川県金沢市出身。大学卒業後、大手外資系レコード会社に約20年勤務、主に宣伝や制作を担当。国内外のワインを味わい、ワイナリー巡りをするなかでヴィラデストワイナリーで飲んだピノ・ノワールに衝撃を受け、ワイナリーを開設することを決意。2013年ワイン生産アカデミー、2014年ニュージーランドのブラック・エステートワイナリー、2015年アルカンヴィーニュ、2016年北海道や近隣のワイナリーで学ぶ。2014年に高山村に移住。2017年ワイナリー開設。両親、妻、長男、移住後に生まれた次男の6人家族。
昔とった杵柄から、洋楽から邦楽まで幅広く聴く。尊敬するアーティストは山下達郎。

ドメーヌ長谷

ドメーヌハセ

所在地 長野県上高井郡高山村牧福井原2510-6
TEL 少人数体制のため、対応できない可能性があるので掲載は控えます
URL ドメーヌ長谷

2018年03月09日掲載