vol.30 井筒ワイン
塚原 嘉章さん

高品質と低価格
どちらも追求する老舗ワイナリー

vol.30 井筒ワイン<br>塚原 嘉章さん<br><br>高品質と低価格<br>どちらも追求する老舗ワイナリー

世界的なワインをつくるため
欧州系品種に取り組む

井筒ワインの創業は1933(昭和8)年。現当主である塚原嘉章さんの祖父が、塚原家の屋号「井筒屋」を冠した「井筒農園」の「葡萄酒醸造所」を立ち上げたのがはじまりです。

「昭和のはじめ頃、日本の産業といえば製糸業。桑を植えて、蚕を飼って、生糸をどんどん輸出していたのが、世界大恐慌でだめになった。祖父も生糸の会社に勤めていましたが、それを辞めてぶどうを植えて、その延長でワインをつくったんです」と塚原さんは言います。

塚原さんは、山梨大学発酵研究所と東京農業大学でぶどう栽培とワイン醸造を学びました。そして当時まだコンコード、ナイヤガラなどの栽培が主であった桔梗ケ原の地で、ヨーロッパ系のワイン専用品種の栽培と醸造に取り組みます。

井筒ワインの入り口に樽をあしらった看板。上の写真は、塚原さんをはさんで、右が製造部部長の古川さん。左がデンさんこと斎藤伝(つとう)さん

「どうせやるなら世界的なワインをつくろうと。最初は昭和37年。メルローとカベルネ・ソーヴィニヨン、セミヨン種の枝をあるところから手に入れて、コンコードに継ぎました。でも台木が良くなかったのか、うまくいかなかった。その2年後くらいにサントリーさんでようやく欧州系の苗木ができて、特別に売るようになったんですよ。その中から14品種を双葉(登美の丘ワイナリー)で買いました。それもマイナス15℃の寒さでほとんど枯れてしまいました」

苦労の末、なかでも厳しい寒さによく耐えたメルローを少しずつ増やし、やがて井筒ワインを代表する品種にまで育てあげました。現在、自社畑では、試験的な品種も含めて23種ほどが植えられています。

「何か始めないといけない、種をまかないといけない。そんな思いで53年間やってきました」。塚原さんは現在も畑に立ち、ぶどうの手入れをしています。

求めやすい価格のスタンダードから、コストパフォーマンスの高いNAC認定品シリーズ、最高級の「シャトーイヅツ」シリーズまで多彩
昔ながらの棚栽培と、欧州から伝わってきた垣根仕立ての2種類の畑があるのも老舗のワイナリーならではの風景。写真は垣根仕立ての黒ぶどう

代々にわたる契約農家と
次代を担うふたり

塚原さんが3代目ならば、契約農家のなかにも3代にわたって井筒ワインを支えてきた人たちがいます。「おじいちゃんからお父さん、息子さんまで知ってるうちも何軒かありますよ」と言うのは、栽培を担当する斎藤伝(つとう)さんです。

とはいえ、やはり農家の高齢化と後継者不足はここでも例外ではなく「もう息子がやらないもんで、井筒屋さんで畑の面倒みてくれないかっていうお話も毎年あります」と斎藤さん。そうして引き受けた畑が、今では20数カ所に散らばっているのだとか。

ぶどうづくりの「教科書を見たのはほんの最初だけ」と斎藤さん。実地での試行錯誤が新たな畑づくりに集約されている
斎藤さんいわく「独自のスリーディー理論」を確立した畑。面ではなく、畝ごとの厚みと高さで立体的に管理する

「自社畑では、房での管理が精一杯です。それを契約農家の方は、粒で管理してくださいます。『青抜く』っていうんですけど、色ののりの悪い粒があれば、ひと粒でも落とす。金ではなく、俺は一番いいものをつくってるんだという自負でやってくださるんですよ」。そうした契約農家に支えられて今の井筒ワインがあるのだと、斎藤さんは言葉を強めます。

斎藤さんは1969年長和町生まれ、信州大学農学部を卒業後、いったんはスーパーに就職しましたが、栽培に携わりたいと97年に井筒ワインへ転職しました。時を同じくして入社したのが、醸造担当の野田森(しん)さん。京都府出身、山梨大学発酵学科を経て、この地のメルローに魅せられて井筒ワインに入社しました。

野田さんは醸造が本格的にはじまるまで畑に立ちます。「畑に応じて判断し、最終的にはぶどうを見て決める」、そして「品種が変われば、当然その個性に合わせて醸造も変える」のだと野田さんは言います。

省力栽培を追求し
より良いワインをより安く

「世界的なワインをつくる」という志の通り、国内外のコンクールでもその質の高さを証明してきた井筒ワインですが、現在、取り組んでいるのは、最大限に省力化して良質のぶどうをつくるための畑づくりです。

奈良井川右岸に新たに設けた自社畑は、独自の栽培方法を確立しています。新梢の誘引はせずにワイヤーで両側から挟み込むだけ。「摘芯機を一気にかけても、すき間に孫芽が出て空間を埋めていく。木のなかで、全体葉数で何房かというのが重要で、そのために必要な高さと厚みで立体的に管理しています」と斎藤さんは言います。

「昨年の実績で言うと、機械化をある程度したうえで、剪定から草刈り、収穫まで全部含め、人の手が入るのは年間で10アールあたり約50時間でした。通常の垣根栽培では100時間とか、県外のあるワイナリーでは250時間とか言ってました」。驚くほどの省力化が達成されています。

責任者である野田さん自ら畑に立つことで、品種ごとのぶどうの状態を把握し、畑に合わせたワインづくりが可能となる

試行錯誤の末にようやく完成形にこぎつけた畑ですが「今はようやく効率良くシャルドネやメルローがつくれるようになった、というところ。次は個体差をなくすため、木を選抜していく段階です。継ぎ木も自前でやり始めたばかりなので、いいものになるのかどうか。これからです」

こうした努力の果てに生まれた「果報」シリーズは、1300円という驚きの価格で販売されています。塚原さんは「純国産の純欧州系品種でこの値段は、まずないでしょう」と胸を張ります。

「高くて良いワインからもう一歩上がって、安くてもおいしいワインを、日本でもつくっていかないといけません」。半世紀にわたりワインづくりの第一線に立ち続けてきた人は、先を見据えています。

取材・文/塚田結子 写真/平松マキ

塚原 嘉章

つかはら よしあき

1937(昭和12)年、塩尻市生まれ。東京農業大学、山梨大学発酵研究所にてぶどう栽培とワイン醸造を学ぶ。60(同35)年、井筒ワインに入社、91(平成3)年に代表取締役社長に就任。長野県ワイン協会理事長、信州ワインバレー構想推進協議会副会長も務める。

井筒ワイン

いづつわいん

所在地 長野県塩尻市宗賀1298-187
TEL   0263-52-0174
URL  井筒ワイン

2014年12月15日掲載