Vol.85 Aperture Farm and Winery
田辺 良さん

畑の環境づくりを日々研究
大切に育てたぶどうを野生酵母で醸す

Vol.85 Aperture Farm and Winery<br>田辺 良さん<br><br>畑の環境づくりを日々研究<br>大切に育てたぶどうを野生酵母で醸す

ワイン造りで大切なのは、よいぶどうが育つ環境づくり

ワインのつくり手を訪ねてVol.23」にて紹介した「Aperture Farm」の田辺良さんが20228月にワイナリーを開設しました。

2014年、取材当時90アールだった畑は現在1.7haまで増えました。以前はメルローのみ栽培していましたが、今ではソーヴィニョン・ブランやシュナン・ブラン、巨峰やデラウエアも栽培しています。特にシュナン・ブランは適性品種と考え、今後も増やしていく予定です。

有機栽培にこだわっていましたが、経験を重ねるうちに「最終的に自分の求める味わいになれば良い」という柔軟な考えに変わりました。自身の作るワインは収穫の時点で8090%味が決まると考え、ぶどうが育つ環境づくりを大切に、日々研究を重ねています。

2021年ヴィンテージのメルローはすべての木に上からビニールをかけて雨よけを行い、きれいなぶどうを収穫できましたが、残念なことにできあがったワインはクリーンすぎる味わいで、おもしろみにかけると田辺さんは感じました。そこで自社ワイナリー初醸造となる2022年は、ビニールをかけて全体的に雨よけする木と、ぶどうの房に傘をかけて雨よけする木に分けて栽培しています。


傘かけは風向きによって雨があたるので、どうしても病果が出ます。そのため傷んだ果実を取り除く手間がかかりますが、その分いろいろなストレスが加わることで複雑な味わいになることを期待して、田辺さんはよりおいしいワイン造りに情熱を注ぎます。

防除は殺虫剤を使わずボルドー液のみですが、散布する回数や量を毎年記録し、模索しています。畑で使う資材にも気を配り、例えば雨よけの傘は、何年も使い回せるビニール製を使用し、使用済みの傘を畑で焼くことはありません。

もともと畑にあったものは畑に戻したいので、刈った草はそのままにして肥料にしたり、選定した枝は病気を取り除いたものを砕いて畑に撒いたり。研究を続けるなかで、少しずつオリジナルのやり方が確立されてきました。

上からビニールをかけて全体的に雨よけ。2割の木のみ、ぶどうの房に傘かけしています。「このようなやり方で遊びをつけてもおもしろいかなと、僕は思っています」

 
有機野菜の栽培で地元の信頼を深め、棚仕立てでメルローを栽培

埼玉県出身の田辺さんがワイナリー開設の地に東御市を選んだのは、晴天率の高さからです。以前、酒販店に勤め、日本ワイン担当として全国のワイナリーを訪ね歩いたときに、東御市はいつ訪れても晴れていました。

「統計のデータ通り、
本当に晴天率が高いのだな」と実感しました。そして、その時知り合った東御市やその周辺のワインのつくり手の人柄にも惹かれ、一緒に切磋琢磨していきたいと思いました。

移住した2010年頃はまだ新規就農者の実例が少なく、遊休農地はあっても、すぐに畑を貸してもらえる状況ではありませんでした。そこで有機野菜の栽培農家に里親になってもらい、野菜栽培の実績を積んでからワイン用ぶどう栽培をはじめたのです。今では、すっかり地域にとけこみ、地元の農家から「うちの土地も使ってほしい」と声がかかるほどになりました。

メルローを棚仕立てで栽培しているのは、その畑にもともとぶどう棚があったからです。「まだ使えるものなら有効活用したい」と棚仕立てにしましたが、葉に光が当たりやすい、枝をある程度伸ばしていける、雨降りで地面から跳ね返った土が房につかないなど、メリットもたくさんありました。
 

 
巨峰で新しい未来を創造したい

東御市は全国有数の生産量を誇る巨峰の名産地ですが、近年シャインマスカットやナガノパープルの人気が高まり、選定技術や労力が同じでも一房の単価が安い巨峰の畑を手放す農家が増えています。田辺さんは「そこに根を張って生きている木を寿命が来るまでしっかり活かしたい」と、いくつかの畑を引き継ぎました。

巨峰はどうしても甘いお土産用のワインになりがちですが、欧州品種でつくるワインに近い、濃い味わいのワイン造りを目指して挑戦を続けています。目指しているのは、フランス ブルゴーニュ地方のボジョレー地区原産、ガメイのような味わい。巨峰にいろいろな品種をブレンドするなど、委託醸造をしているときから研究を重ね、イメージしたワインに近づいてきました。

「地元のおじいちゃんたちが大切に育て、40年も生きてきた巨峰の木を、いきなりズバッと切って欧州系品種を植えることは僕にはできません。それより新しい未来、新しい造り方を考えたいです」

 
その年を反映したぶどうを受け入れ、野生酵母で醸す

「自分の力で造れるようになるまでしっかり勉強してからワイナリーを建てる」と決めていた田辺さん。満を持して、2022年8月にワイナリーを開設しました。

「冬にマンズワイン
小諸市)で働きながら醸造を勉強し、同時に委託醸造先のカーヴハタノ(東御市)ドメーヌナカジマ(東御市)で自分のワイン造りに携わることで、技術を身につけることができたと思っています」。

野生酵母で醸し、亜硫酸もなるべく使わないようにしているので、ワインの状態をこまめに観察し、なにかあれば迅速に適切な対応をしなければならないため、ワイナリーと自宅を兼ねました。

2階が自宅になっているので天井が低めですが、重力を利用して液体を移動させるグラヴィティーフローができるように、フォークリフトが入る高さを確保しました。保管カゴにキャスターを付けたり、ワイナリーにあわせて道具を特注するなど、基本的にひとりで全部管理できるように整備されています。

ワイン用ぶどう栽培をはじめたころに造りたいと思い描いていたワインとは、方向性が変わってきました。「こういうワインを造りたい」というイメージはありますが、環境によって毎年叶うわけではありません。

醸造のテクニックよりも栽培に重きをおいて、その年を反映したぶどうと向き合い素直に造りたいと考えています。「あまり小手先のことをやると、ぶどうに申し訳ないのでシンプルが一番だと考えています。ぶどうがどうなりたいのかを受け入れられる感覚を常にもって醸造したい」と田辺さんは語りました。

目の前にあるものを大切に活かしながら、変化を恐れず柔軟な発想で新しい未来をつくっていく、田辺さんのこれからに注目です。

基本的にはひとりでの体制を整えていますが、現在はスタッフ1名を受け入れています。「自分もそうやって勉強させてもらってきました。条件は、家族を大切にできる人。家族を犠牲にしてもは自分がこうしたいから、というのは、その人のエゴ。僕は、週末はしっかり休みます。平日はとても忙しいのですが、間に合うように先を見通して計画しています」

左から、 Landscape、Still life、Non Portrait、シュナン・ブラン。トップキュベの「 Landscape(ランドスケープ)」は、英語で「風景」を意味し、人間がコントロールできない、あるものそのままを瓶詰めしました。セカンドキュベの「Still life(スティルライフ)」は静物画の意味。果物や花の位置を整えて描くように、少しだけ自分の好みを入れて造りました。毎年リリースする予定の巨峰を主体に使ったワインは「Non Portrait(ノンポートレイト)」。肖像画ではないという意味で、巨峰にいろいろなぶどうを混ぜて造っています。シュナン・ブランは愛娘からインスピレーションを受けた言葉を使って毎年名前を変える予定です。今年は「What a beautiful」。
取材・文/坂田雅美  写真/平松マキ

田辺良さん

たなべりょう

1981年、埼玉県蓮田市出身。米国の大学で写真を学んだ後に帰国、商社や酒販店に勤務したのち、ワイナリーを志して2010年に東御市へ移住。委託醸造で造った初ヴィンテージは2013年。2022年8月自社ワイナリー開設。ワインのラベルに使用されている写真は田辺さんがiPhoneで撮影。

Aperture Farm and Winery

アパチャーファームアンドワイナリー

所在地 東御市祢津
MAIL aperturefarm★gmail.com
(★を@に変えてください)
URL アパチャーファームアンドワイナリー

自宅を兼ねているので来訪はご遠慮ください

2023年01月31日掲載