菅原利彦さん|木工・漆芸家

菅原利彦さん|木工・漆芸家

木地づくりから塗りの工程まで、漆器の制作に関わるすべてを手がけてしまう菅原利彦さん。とにかく何でもつくってしまう人は、自ら家も建ててしまいました。ギャラリーを併設したそのご自宅を訪ねました。

より新しいかたちを求め、漆も木も陶も手がける人

菅原さんといえば、一見しただけでは漆とわからない、やわらかな色づかいの器が記憶に残ります。しかし時を経るごとに、作風は変化し続けています。「今でも何かと色を使うことはあるんですが、そんなにはっきりとは出さなくなってきました。多少は落ち着いたのかな」と菅原さんは笑います。

新しい器を見せていただくと、木の塊をくり抜いたようなゴブレットは特に印象的。以前の器から思い描くのが、幼子とともに囲む楽しげなテーブルだとしたら、黒いゴブレットからは、杯を傾けながらゆっくり過ごす食卓の情景が浮かびます。

「もう子どもも大きくなったし」という言葉通り、菅原さんの暮らしの変化とともに、つくる器も変わってきているのでしょう。

一方で、菅原さんが「目線の変わる仕事」というのが、伊那市の「ウッドスタート事業」のためにつくっている子どものための玩具です。伊那市では、木の温もりを感じ親しんでもらおうと、地元産の木を用い、市内の木工に携わる職人たちがつくったおもちゃや器を、新生児のいる家庭に贈っています。

「もともとは高遠町の姉妹都市にあたる新宿区ではじまった事業です。新宿のも伊那の職人たちがつくってるんですが、僕は伊那市の方にだけ関わっています。やってる人の話をうかがうと毎月60セットとか、ほかに何もできないと言ってたんで。(収入が)安定するので、工芸の世界にとってはそういう仕事もないといけないと思うんですが」

「器に関しても、定番を残して、それはつくり続けるというスタンスの方がいいんでしょうけど。自分のなかにあるフレッシュな感覚というか、そういうのがなくなってくると、もうつくりたくなくなる。それがいいのかどうかわからないけど、それよりも新しいものができるなら、そっちにエネルギーを使いたいなと思います」

漆塗りだけではなく、挽物や指物も手がける菅原さんですが、それもそのはず、父親が大工、祖父が宮大工、曾祖父が水車大工という、代々が木に携わる職人の家に生まれたのです。

「実家は土場(どば)といって、でっかい倉庫なんです。2階が住居で、下に機械が並んで、昔は大工さんがいっぱい入って仕事をしていました。遊び道具は買ってもらえなかったけど、木だけはいっぱいあったんで、何をしても良かった」

「自分で家建てる時に、こういう光景あったよなとか、こうやって木を刻んでたなとか、思い出すことがいろいろありました」。職人の血は、こうして確実に菅原さんに受け継がれています。

工房には、塗り刷毛やヘラなど、使い込まれた道具の数々が並ぶ
工房に並ぶ器の数々。これまでの作風をひと通り見わたすかのよう
お椀などはロクロを用いて研いでいく。「研ぎ」は、漆を塗り重ねていくなかで欠かせない工程。菅原さんはロクロを用いて陶器もつくる
「消防団とか祭りとか、地域の集まりがやたらと多くて、家ではあまり飲まなくなりました。集まりの時に女の人はワインばっかり飲んでますよ」
菅原 利彦
すがはら としひこ

漆芸家。1971年、岡山県倉敷市生まれ。高校卒業後、旅に出る。その後、5年間のサラリーマン生活を経て、再び旅に出る。日本各地の手仕事を見てまわり、漆と出合う。前田海象氏のもとで漆の基礎を身につけた後、神奈川の塗師屋で学びながら、各地の産地を訪ねてまわる。2000年、伊那市高遠に移り住み「工房 然(ねん)」を構える。

作品を購入できる場所

工房 然(ねん)

住所|伊那市高遠町長藤6941

電話|0265-92-2880

取材・文|塚田結子  写真|平松マキ
2014年03月28日掲載