ホーム > 特集 > ワインのつくり手を訪ねて > vol.29 塩尻志学館高校

ワインのつくり手を訪ねて

_DSC5701

塩尻市vol.29 塩尻志学館高校横澤一弥

校内で栽培から醸造まで、高校生がつくる本格ワイン

農学校でのワインづくりから
総合学科の「ワイン製造」へ

塩尻志学館高校は、生徒たちの手によりワインがつくられる学校として知られています。長野県ではほかに須坂園芸高校、南安曇農業高校、下伊那農業高校でもワインづくりが行われていますが、その生産量は200リットル以下に限られています。塩尻志学館高校では、現在は5000本から7000本のワインがつくられ、多いときには1万本にも達したといいます。

塩尻志学館高校が果実酒類の醸造免許を取得したのは1943(昭和18)年のこと。当時は東筑摩農学校といいました。それ以前にもワイン製造実習の記録が残っていますが、生産量はごくわずか、収穫祭や学校職員が出征する際の乾杯用として利用されていたそうです。

1949(昭和24)年に、塩尻高等女学校を前身とする塩尻高校との合併により桔梗ケ原高校となり、「ワイン製造」は農業科食品化学コースに組み込まれます。65(同40)年には塩尻高校に改称、食品科を設置して、加工食品実習の一環として「ワイン製造」を行う学校として広く認知されます。

さらに2000(平成12)年に現在の塩尻志学館高校となった際に、長野県下ではじめて総合学科を開設。総合学科とは、普通科と専門学科を統合した新しい学科で、生徒それぞれが自分の進路や適性に合った科目を選び、自分で時間割をつくります。

「ワイン製造」は食品科学系列に再編され、実習棟の改修や設備の導入が行われました。ワインの歴史や分類といった基礎知識を学び、ぶどうの栽培管理やワイン醸造といった実習や化学的分析を行うほか、「ワイン学」「ワインの科学」という選択科目があって、ワインに関して多角的に学ぶことができます。

畑では生徒ひとりが5、6本の木を管理する。この日は摘房の作業。先生の説明を聞いてから、それぞれ取りかかる。教師という教育職、農林技師という行政職、二面で支えてきた高校でのワインづくり。転勤もあって技術継承は難しいなか、現場の努力でワインの品質を保っている

畑では生徒ひとりが5、6本の木を管理する。この日は摘房の作業。先生の説明を聞いてから、それぞれ取りかかる。教師という教育職、農林技師という行政職、二面で支えてきた高校でのワインづくり。転勤もあって技術継承は難しいなか、現場の努力でワインの品質を保っている

産学連携の一環で、メルシャンから技術者を招いての技術指導や、勝沼にあるシャトーメルシャンのワイナリー見学も行っている

産学連携の一環で、メルシャンから技術者を招いての技術指導や、勝沼にあるシャトーメルシャンのワイナリー見学も行っている

学校敷地内にある古い建物。木造平屋の佇まいが好ましい。用途、築年数は不明

学校敷地内にある古い建物。木造平屋の佇まいが好ましい。用途、築年数は不明

基本的に畑の世話は教師と農林技師にかかっている。特に生徒が来ない夏休み中は管理が大変

基本的に畑の世話は教師と農林技師にかかっている。特に生徒が来ない夏休み中は管理が大変

戦時中のワインづくり奨励は
ぶどうから兵器をつくるため

塩尻志学館高校が醸造免許を取得した1943(昭和18)年は、太平洋戦争の真っただ中、世の中が戦時色に染まる頃でした。あらゆる物資の生産や供給が統制され、学生までも労働にかり出された時世に、なぜワインづくりの許可が下りたのでしょう。

ぶどうには「酒石酸(しゅせきさん)」という物質が含まれています。ぶどうからワインを醸造すると、オリの中や樽の内側に「酒石」が白い結晶となって現れます。これを集めて精製した「酒石酸カリウム-ナトリウム」は、別名「ロッシェル塩」と呼ばれ、潜水艦や魚雷の発する音波を捉える「水中聴音機(パッシブ・ソナー)」の素材として用いられました。

この兵器を量産するため、海軍はワイン醸造場に酒石の採取を求め、ワインづくりは奨励されたのです。このおかげで、食糧増産体制のもとでつぶされかけていた全国のぶどう園は難をまぬがれます。

しかし一方で、酒石酸を抜かれたワインが市場に出回り、風味が落ちて酸敗したワインは飲むと飛びはねるほど酸っぱいので「ラビットワイン」と呼ばれます。このできそこないの酢のような飲み物がワインであるという間違った認識は、戦後になってもワイン普及の足かせとなりました。

ただ酸っぱいのではなく、甘味ぶどう酒のようにただ甘いのでもない、本来のワインが日本で広く認知されるまでには、しばらくの時がかかります。

さて、塩尻志学館高校がワイン醸造免許を取得してから70年。地元に貢献できる人材を育成するため、より良いワインをつくるため。「ワイン製造」の授業は、生徒たちにとって魅力あるものとなっています。

技術継承の難しさと大切さ
より魅力的な講座であるために

市川佑稀さんは3年次から「ワイン製造」を履修しました。「将来は料理の道に進みたくて、ワインの勉強もしたいなと思って」。同じく3年生の小林拓夢くんも、料理への道を志しています。「料理に合うワインを学べたらなと思います。ここのワインはうまいらしいです。まだ飲んだことないけど」

未成年の彼らは、試飲はもちろんテイスティングも許されません。ワインの良し悪しを知るのは「香りと色、あとは分析ですね」と言うのは横澤一弥教諭。

「自分で飲めないものをつくっても張り合いないなと思って、2013年の春から卒業生の分のワインを取っておくことにしました。赤ワインは樽で1年、ビンに入れてから1年熟成させますので、収穫してから2年後でないと飲めない。20歳になったときに、自分たちの仕込んだワインを取りにおいでと言ってあります」

生徒たちは校内にあるぶどう園を手入れし、ワインの醸造法や歴史を学び、実際に醸造を行います。また2年次からワイン製造を履修した3年生を対象に、海外研修も行っています。2013年は希望者5人が校内審査を経て、研修先であるカリフォルニアへ向かいました。

「われわれ教員は転勤でどんどん入れ替わってしまうので、技術をどう継承していくかが課題です」。そう語る横澤先生自身が、ここに赴任して3年目。ワインづくり、ぶどうづくりはほぼ初めてのことだといいます。「そういう状況のなかでも、ワインの品質は維持していかないといけない。生徒にとって魅力的な講座であるためにも、よい品質のものをつくる技術を伝えたい。まずいワインをつくっても仕方ないですから」

普段はあまりワインを飲まないという横澤先生が「ここのワインはおいしいと評判ですよ」と言う通り、毎年7月に行われる「桔梗祭」で販売されるワインは、長蛇の列ができてあっという言う間に売り切れてしまうそうです。

 

(取材・文/塚田結子  写真/平松マキ)

※取材内容は2013年当時のものです

_DSC5714

「品質的にほかのワイナリーに負けないワインをつくることが講座の魅力につながる」と、横澤先生は言う。そしてワインのほかにブランデーも仕込まれる。授業の一環として、ワインづくりの副産物として、つくられるのは100リットルほど。こちらもおいしいと評判だ

「品質的にほかのワイナリーに負けないワインをつくることが講座の魅力につながる」と、横澤先生は言う。そしてワインのほかにブランデーも仕込まれる。授業の一環として、ワインづくりの副産物として、つくられるのは100リットルほど。こちらもおいしいと評判だ

_DSC5705
横澤一弥(よこさわ かずや)

1962年生まれ。安曇野市出身。千葉大学園芸学部卒。専門は草花。2011年4月に塩尻志学館高校に赴任、「ワイン製造」の科目を担当している

kousyou-138x138
塩尻志学館高校

所在地 長野県塩尻市広丘高出4-4
TEL 0263-51-0015

このワイナリーのページへ
_DSC5729

特集