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ワインのつくり手を訪ねて

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東御市Vol.10 リュードヴァン小山 英明

すべてはワインとともにある暮らしのために

人生を決定づけた
ワインとの出会い

小山英明さんにとってワインは、今も昔も暮らしのうえでなくてはならないもの。20代の頃は、あくまでも食事とともに楽しむためのものでした。大学卒業後は大手電機メーカーに勤め、会社帰りに好みのワインを買い求めたり、あるいはレストランで食事に合わせるワインを選んだり。

やがて「ワインとともにある暮らしがしたい」という思いは強くなり、ワインスクールに通ってワインについてより深く学びます。そして自分と向き合い「コンピューターロジックを考えてシステムを構築するより、ワインづくりをする方がよっぽど自分らしく生きていける」と思うに至ります。ものづくりに長けた両親や、越後杜氏をしていた祖父から受け継いだ性質を、自分も備えていることに改めて気づいたからです。

そんなとき、転機となるワインとの出会いがありました。

「フランスのブルゴーニュのワインだったんですが、ヴィンテージでいうと10数年前のものでした。飲んだら涙が溢れるくらい感激して。そして時と距離を超えてこの感動を与えてくれた、見知らぬ農夫やワインのつくり手への感謝の念が湧いてきました」

自分も彼らと同じ仕事をしたい。20代最後の年、小山さんはワインづくりの道へと踏み出します。

山梨県のワイナリーに転職した小山さんは、そこでひと通りの技術を身につけるとともに、自分の理想とは乖離する、当時の日本のワインづくりの現状を目の当たりにします。

続いて勤めたあづみアップルでは、自分が親しんできた欧州系品種のワインとなる「本来つくるべきぶどう」と出会います。それを醸したワインは小山さんの名を広く世に知らしめ、特にソーヴィニヨン・ブランは「こんなワインが日本でつくられていることが信じられない」とワイン業界に衝撃を与えます。

それぞれのグラスに入るのはカベルネ・ソーヴィニヨンとメルロー。ふたつの品種をブレンドして、リュードヴァン集大成の「ドゥー・ローブ・ヴィオレット」となる

それぞれのグラスに入るのはカベルネ・ソーヴィニヨンとメルロー。ふたつの品種をブレンドして、リュードヴァン集大成の「ドゥー・ローブ・ヴィオレット」となる

オリをビン口に集めるための「ピュピトル」と呼ばれる穴の空いた板を、いつかここがシャンパンメゾンとなることを思い描き、ワイナリー入り口の扉に象徴のようにあしらっている

オリをビン口に集めるための「ピュピトル」と呼ばれる穴の空いた板を、いつかここがシャンパンメゾンとなることを思い描き、ワイナリー入り口の扉に象徴のようにあしらっている

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かつて小山さんの愛車だった青いルノーは、ワイナリーの看板カーとなった。建物の窓枠、ビンの封蝋など、あちこちにあしらわれた青がリュードヴァンのイメージカラー

かつて小山さんの愛車だった青いルノーは、ワイナリーの看板カーとなった。建物の窓枠、ビンの封蝋など、あちこちにあしらわれた青がリュードヴァンのイメージカラー

千曲川へと至る南向きの斜面にぶどう畑はある。晴れ渡ると蓼科山が姿を現す

千曲川へと至る南向きの斜面にぶどう畑はある。晴れ渡ると蓼科山が姿を現す

人々の暮らしのそばで
ワインを文化として根づかせたい

さらなる転機は不意に訪れます。「いいぶどうに恵まれて、ここで職人に徹してワインをつくっていこう」、そう思っていた小山さんは2年で会社を離れることになり、独立の道へと歩を進めます。

とはいえ、いきなりワイナリーを立ち上げられるわけもなく、まずは「信州に地域循環型のワイン文化をつくろう」というキャッチフレーズを刷った名刺を手に、理解者を得ることからはじめました。

やがて東御市で酪農と稲作を核に循環型農業を実現している「永井農場」を通して、荒れ果てた山——かつてのりんご畑の再生を願う地主さんと出会います。

「その方は『ここでつくるりんごはおいしいから、農協に出荷しても別物として扱ってくれた』って言うんです。『でもりんごはダメだ』って。おいしいものができているのに、割に合う仕事じゃないから、みんな辞めていってしまう。その方も、もう80過ぎでした」

農家の高齢化と後継者の不在は、あづみアップルでも直面していた問題でした。

「産業として成り立たなければ、どんなにいいものができる環境でも継続性がない。ワインを文化として人々の暮らしに根づかせなければ、ワインづくりは将来続いていかない」。小山さんはそう痛感していました。

東御市の土地をひと目見た時から「ここではいいぶどうがつくれる」という直感がありました。それは土と気候と、地形的な条件から。そして眼下には集落があり、人々の暮らしがありました。

「ここでワインをつくれば、ここに暮らす人たちの文化になる可能性がある。だから永井くんを口説いたんですよ。ここでワインづくりやりましょうって」

生活のなかにあるテーブルワインと
ハレの日のためのワインと

2006年に「永井農場ワインプロジェクト」としての活動をスタートさせた小山さんは、土地の開墾に取り組みます。重機を使って木を倒し、石を運び出し、土をならし。

ようやく植えたシャルドネは、委託醸造されて2008年にファーストヴィンテージの「シャルドネ2007」として発売されました。同年に株式会社リュードヴァンを設立、そして2010年には念願のワイナリーを完成させ、小山さんはとうとう独立を果たします。

「リュードヴァン」とは「ワイン通り」という意味。そこには小山さんの思いがこめられています。

「新たにワイナリーを開く人、レストランを開く人、あるいは食材を提供する人、いろんな人にここでつながりを持って生きてもらいたい。この通りにワインのある暮らしを核とする環境ができてはじめて、僕がワインをつくって生きる条件が整うんです。そして地元の方が当たり前のように地元のワインを飲んでくれるようになったとき、ようやく僕は安心してワインづくりに没頭できるんです」

小山さんが目指すのは、生活のなかにあるワイン。最終的につくりたいのはテーブルワインなのだといいます。

「そのためには、広い畑でぶどうを安く、ワインを大量につくらなければいけない。それは大手だからできる話で、今の僕にはできない。だからまずは小さい段々畑からワインをつくって、評価を得なければいけないんです」

機械化のできない段々畑では、人の手を必要とします。だからこそできるのがプレミアムワイン、そしてその頂点にあるのがスパークリングワインです。「ここの気候風土ならば、いずれシャンパンと勝負できるようなクオリティのものができるはずです」

そして2013年。仕込みから3年もの時をかけた本格スパークリングワイン、その名も「Rue de Vin」が発売されました。「ワインとともにある暮らし」の実現へ向けて、小山さんはその歩を確実に進めています。

 

(取材・文/塚田結子  写真/平松マキ)

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「秋にぶどうを収穫して、潰してワインにする。冬の寒さを利用して清澄させ、春先にはビン詰めをしてセラーに入れる。それが本来のワインづくり」「発酵が健全であれば、ワインは自ずときれいに澄み渡ってくるんです」「うちはここのぶどうとともにある。当然のことを、当然のようにやっているだけ」。小山さんの言葉はワインのようにするすると腑に落ちる

「秋にぶどうを収穫して、潰してワインにする。冬の寒さを利用して清澄させ、春先にはビン詰めをしてセラーに入れる。それが本来のワインづくり」「発酵が健全であれば、ワインは自ずときれいに澄み渡ってくるんです」「うちはここのぶどうとともにある。当然のことを、当然のようにやっているだけ」。小山さんの言葉はワインのようにするすると腑に落ちる

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小山 英明(こやま ひであき)

1967(昭和42)年生まれ、千葉県出身。大学卒業後に大手電機メーカーに就職。その後ワインづくりを志し、山梨県、長野県でワインづくりに携わった後、2006年に「永井農場ワインプロジェクト」を始動。2008年に株式会社リュードヴァンを設立。

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株式会社リュードヴァン

所在地 〒389-0506 長野県東御市祢津405
TEL 0268-71-5973

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