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ワインのつくり手を訪ねて

ヴィラデスト_メイン

東御市Vol.7 ヴィラデストワイナリー玉村 豊男/小西 超

ワインが象徴する里山ライフスタイルを発信

はじまりは
自分が飲むためのワイン

玉村豊男さんが、8年間暮らした軽井沢から東御市へ移り住んだのが1991年のこと。玉村さん46歳、奥さんの抄恵子さんが40歳でした。病気療養を機に自分たちの生き方を見つめ直し、「畑をやろう」と志したことがきっかけです。「終の住処だから、せっかくなら眺めのいいところがいいねと、1年半くらいかけて探しました。景色が気に入って、ここに決めたんです」

かつての桑山は、背丈を超える雑草が生い茂る荒れ地と化していましたが、眼下に千曲川の流れ、遠く北アルプスを望む南西向きの傾斜地は、玉村さんがかつて留学生活を送り、その後も幾度ととなく訪れたフランスのぶどう畑を彷彿させました。そこを開墾して西洋野菜とともにぶどうの苗木を植えました。

「最初に植えたのはメルローとシャルドネ。当時、欧州品種はまだそんなに一般的でなくて、標高も高いし、だめだろうとみんなに言われましたけど、僕はそういうものしか最初から頭になかったから」。1993年からマンズワイン小諸ワイナリーで委託醸造し、最初にできあがったワインは数十本程度。あくまでも自分たちで飲むためのワインでした。

当時、宝酒造株式会社が主催していた「TaKaRa酒生活研究所」で所長を務めていた玉村さんは、同社のワイナリー建設計画に参画し、東御市へと誘致します。行政に声をかけて土地を取りまとめ、社内から選抜された研究者たちに自らの畑でぶどうづくりを、委託醸造先であるサンクゼールでワインづくりを、実地で学ばせました。

その際、醸造の指導にあたったのが日本ワイン界を牽引してきたと言っても過言でない浅井昭吾氏(著書のペンネーム麻井宇介)、栽培指導はドイツ・フランスで栽培と醸造を学び、のちに神戸ワインを立ち上げた三田村雅氏という傑物たちでした。ところが、その計画が諸々の事情で頓挫します。

ワイナリーに併設されたガーデンから雄大な景色をのぞむ。中央に設けられたパーゴラの下でのんびりしたい

ワイナリーに併設されたガーデンから雄大な景色をのぞむ。中央に設けられたパーゴラの下でのんびりしたい

7ヘクタールの畑を小西さんを含め4人のスタッフで手入れする。「現在2万本あるぶどうを、将来は4万本までつくれる体制にしたい」

7ヘクタールの畑を小西さんを含め4人のスタッフで手入れする。「現在2万本あるぶどうを、将来は4万本までつくれる体制にしたい」

ボトル
レストランの眼下に広がる畑で草を食むヤギ子。「ヤギ子のつぶやき」というほのぼのブログあり

レストランの眼下に広がる畑で草を食むヤギ子。「ヤギ子のつぶやき」というほのぼのブログあり

西向きのテラス席からは整えられたぶどう畑とガーデン、北アルプスの山並み、そして美しい夕日が眺められる

西向きのテラス席からは整えられたぶどう畑とガーデン、北アルプスの山並み、そして美しい夕日が眺められる

本格派ワイナリーとして
里山暮らしを体現する場として

玉村さんのもとには、身銭を切って拡張したぶどう畑と、ワインに開眼した若き研究者——現在、醸造責任者を務める小西超さん、そして中途半端に断たれたワインづくりへの情熱が残りました。玉村さんが畑をはじめて10年が経っていました。

「ようやく安定して畑もきれいになったし、ぶどうも育ってきた。畑の横にワイナリーがあれば、きっと良いワインができるし、若い人たちにあとを継いでいってもらえるものが残せる、という思いがありました」

玉村さんは資金づくりに奔走し、地元の人たちの理解を求め、醸造免許を取得し、2003年にワイナリーを開設します。そして翌年にはショップとレストランをオープンさせました。

「この眺めと、僕がこれまで絵に描いたり原稿に書いてきたことを具体的なかたちとして見てもらって、畑からできたワインや野菜を味わってもらう。そして自分の暮らしのスタイルをいろんな人と楽しみたいなという思いもあります」

現在では年間2万本のワインがつくられ、国産ワインコンクールの受賞歴を重ねています。畑には新たにピノ・ノワールが植えられ、2013年6月に横浜で開催されたアフリカ開発会議(TICAD)での公式晩餐会では「ピノ・ノワール2011」が供されました。

「最初は単純にワインがつくりたいという思いでしたが、10年以上ここに暮らしてみると、この土地に対しての愛着が湧いてくるし、今ではワインを通じて土地の個性を表現したいと思っています」と小西さんは言います。

ワインとともにある未来
そしてワインバレー構想へ

2008年、東御市はワイン特区に認定され、「リュードヴァン」と「はすみふぁーむ」が相次いで生まれました。さらに、ここ数年でワインをつくりたいという人が増え、毎月のように玉村さんのもとへ相談が寄せられるといいます。

「まず農地が必要だけど、なかなかまとまった土地は買えないし、よそから来た人には誰も貸してくれない。でも遊休荒廃地は広がってるし、人口はどんどん減っていくわけだから、新たに農業をやりたいという人にはなるべく定着してほしいわけです。だから仲立ちの機関をつくって、ワインをつくりたいという人たちに少しでも入り口のバリアを下げてあげるのが僕らの役目だろうと思いました」

玉村さんの働きかけもあって、長野県主催の「ワイン生産アカデミー」がはじまり、初年度受講生募集には、県内でぶどうづくりからワイナリー設立までを考えている新規参入希望者から多くの応募がありました。

「この辺りでも、すでに畑をはじめている人がいるし、数年のうちにぶどうが増えてくるので、それをうちで受け入れられるように設備の増強を考えています」

ワイナリーをはじめて10年。玉村さんの思いはワインバレー構想へと広がります。「各地域が特徴を出しながら発展していくように筋道だけはつけたいですね。ここも人が育って、任せても動くようになったので、僕がそういうことに時間を割けるようになった。10年とか20年って、あっという間だけど、結構いろんなことができるんですよ」

 

(取材・文/塚田結子  写真/平松マキ)

ヴィナッチャ蒸留器は日本の職人がつくりあげたオリジナル。搾汁後のぶどうかすを利用してつくるヴィナッチャは、イタリアではグラッパと呼ばれる

ヴィナッチャ蒸留器は日本の職人がつくりあげたオリジナル。搾汁後のぶどうかすを利用してつくるヴィナッチャは、イタリアではグラッパと呼ばれる

ショップではワインやシードル、玉村さんの絵が配された食器や絵はがきなどオリジナル商品を扱っている

ショップではワインやシードル、玉村さんの絵が配された食器や絵はがきなどオリジナル商品を扱っている

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玉村 豊男(たまむら とよお)

1945(昭和20)年生まれ、東京都出身。東京大学仏文科在学中にパリ大学言語研究所へ留学。卒業後は通訳、翻訳業を経て文筆家となる。83年から8年間軽井沢町で暮らし、91年から東御市で農園を経営。2003年にヴィラデストワイナリー開設。長野県おいしい信州ふーど(風土)大使、信州ワインバレー構想推進協議会会長を務める。画家としても活躍している。

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小西 超(こにし とおる)

1970(昭和45)年生まれ、滋賀県出身。京都大学農学部修士課程修了後、宝酒造入社。ヴィラデストワイナリー開設当初より醸造に携わる。

ロゴ
株式会社 ヴィラデストワイナリー

所在地 〒389-0505 長野県東御市和6027
TEL 0268-63-7373

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