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ワインのつくり手を訪ねて

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東御市Vol.44 シクロヴィンヤード飯島規之さん、祐子さん

元プロサイクリストが八重原でつくるワイン

米の産地で取り組むぶどう栽培

千曲川ワインバレーを形成する東御市は、2004年に東部町と北御牧(きたみまき)村が合併して発足しました。
千曲川右岸にあたる旧東部町では、もともと巨峰やクルミの栽培が盛んで、ヴィラデストを筆頭に多くのワイナリーやヴィンヤードがつくられてきました。
一方の左岸にあたる旧北御牧村は米どころとして知られ、特に八重原台地は良質なお米が生産されてきました。
この地で、2014年からワイン用ぶどうの栽培に取り組むのが飯島規之さん、祐子さん夫妻です。

「強い粘土質の土壌はぶどう栽培に不向きという思い込みが、地元の方にはあったようです」
しかし、と飯島さんは言葉を続けます。
「向き不向きというよりは、土によってちがうワインができる、つまり差別化できるということ。水はけの良いガラ地ならエレガントなワインになるでしょうし、ここでは骨格のしっかりした力強いワインができる。特にメルロは合っていると思います」

飯島さんの畑のある丘陵に連なってメルシャンのマリコヴィンヤードがあり、そのワインの質の良さは定評あるところ。千曲川左岸のワイン産地としてのポテンシャルの高さは、すでに証明されているといえるでしょう。

「お米に限らず、おいしい作物ができる条件がそろっているんです。強粘土質で土は肥沃。傾斜地での作業は大変ですが、水はけはいいし、日照が十分得られます。そもそも降雨量が少なくて、晴天率が高い。夜にはぐっと冷え込むので、ぶどうが休めるんです。凍害のリスクは高いですが、高い山を背負っていないせいか、今のところ雹の被害は、ほぼありません」

開墾中にはこんな大きな石がゴロゴロと出てきた。そのうちのひとつを目印代わりに道端に置いた

開墾中にはこんな大きな石がゴロゴロと出てきた。そのうちのひとつを目印代わりに道端に置いた

こちらも同じく開墾中に出てきた馬蹄。欧州では古くから幸せをもたらすお守りとされる、縁起のいいもの

こちらも同じく開墾中に出てきた馬蹄。欧州では古くから幸せをもたらすお守りとされる、縁起のいいもの

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飯島さんの大きな手。自転車のハンドルを握っていたこの手で、今はぶどうを育てる

飯島さんの大きな手。自転車のハンドルを握っていたこの手で、今はぶどうを育てる

陶芸家、角りわ子さんの工房からほど近く。勘六山の斜面を新たに借り受け、苗を植えた

陶芸家、角りわ子さんの工房からほど近く。勘六山の斜面を新たに借り受け、苗を植えた

自転車にかけた情熱をワインに

飯島さんは、もともと自転車競技の選手で、トラック競技の中距離種目におけるスペシャリストでした。特に「パシュート」と呼ばれる個人追い抜き競走を得意とし、マスターズ部門の世界記録を樹立するなど、国内外の大会を戦い抜いてきました。

現役を引退した飯島さんが次に見据えた目標がワインづくりでした。
海外遠征の折にはレセプションパーティなどで必ずワインが出され、誰もが笑顔で仲間や友人、家族や恋人と杯を掲げます。人々の喜びとともにある飲み物——そんなワインに飯島さんは魅了されたのです。

農業未経験のまま長野県の農業大学校で学び、ヴィラデストで1年間研修しました。そして東御市でワインづくりをしていくことを決めますが、当初は農地さがしに苦労したといいます。知人の伝手を頼りに、ようやく借り受けることができたのが八重原の地でした。

旧東部町には縄文遺跡がいくつもあり、太古より人々が暮らしていました。一方の八重原は台地を形成し、水に乏しく、江戸時代になってようやく蓼科山から用水が引かれます。

「川向こうは長い歴史のあるところ。こちらは古くからの農家さんでも3、4代目くらい。その代わりフロンティア精神があって、私たちのような新しい人を受け入れる気質があるように思います。本当にいい方ばかりで、どれだけお世話になっているか」

雑木だらけの傾斜地を黙々と開墾し、ぶどうの苗木を植える飯島さんの姿は、徐々に地元の信頼を集めます。やがてあちこちから「遊休地となっている農地を使わないか」と声がかかります。そして少しずつ広げた畑は、2.2ヘクタールにまでなりました。

夫唱婦随でワイナリー設立の夢に向かって

さて、「シクロ」とはフランス語で自転車のこと。田んぼを見おろす畑は「第3コーナー」「第4コーナー」と名づけられ、メルロー、ソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネ、ピノ・ノワール、アルモノワールなどが整然と植えられています。

飯島さんが畑に立つ姿は、やはりどこかアスリートを彷彿させます。日々畑に立ち、コツコツとした作業を重ねることは、飯島さんにしてみれば自転車競技に打ち込んでいた姿勢に通じるところがあるのかもしれません。

「完璧主義者で猪突猛進タイプ」とは妻の祐子さんの評。そして祐子さんは「彼は自分に厳しいですが、ぶどうにも厳しいんです」と笑います。
飯島さんいわく「ぶどうにとっては紫外線も風もストレス。どれだけぶどうにがんばらせるか」
地道な努力がいずれ豊かな実りをもたらす——そんな競技人生を物語るような言葉です。

2016年には委託醸造のうえ「アマンダ メルロー」「パシュート アルモノワール」「同ソーヴィニヨン・ブラン」が、翌年には「パシュート シャルドネ」が初リリースされました。
ぶどう本来の香りを生かした早飲みタイプがそろいますが、いずれは樹齢を重ね、土壌由来の力強いワインがつくられるはずです。

そして、そのワインを自分たちの手で醸したいと、飯島さんの夢はワイナリー設立へ向かいます。
その傍らには、いつも祐子さんがいます。中学校時代からの飯島さんを知る祐子さんは、一番の理解者であり、選手時代をともに戦い、選手引退後はワインづくりの夢に寄り添い、今はともに畑に立ちます。

思い込んだら試練の道を突き進む夫と、それを大らかに受け入れる妻の、夫唱婦随のワインづくりははじまったばかりです。

(取材・文/塚田結子  写真/山口美緒)

ぶどう畑の眼下には、良質な米を育む八重原の田んぼが広がる

ぶどう畑の眼下には、良質な米を育む八重原の田んぼが広がる

「アマンダ」は飯島さんが乗っていた自転車のフレームメーカーの名前、そして「パシュート」には「探求する」という意味も込められている

「アマンダ」は飯島さんが乗っていた自転車のフレームメーカーの名前、そして「パシュート」には「探求する」という意味も込められている

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飯島規之さん、祐子さん(いいじまのりゆき、ゆうこ)

飯島さんは元自転車競技の選手で、中距離種目の第一人者として長年にわたり活躍した。特に4km個人追い抜き競走で数々の実績を上げている。現役引退後はワインづくりをするため、さいたま市から東御市へ移住。2014年から八重原で本格的にぶどう栽培を開始した。妻の祐子さんとは中学校時代の同級生。近い将来のワイナリー設立を視野に入れ、日々ふたりで畑に立つ。

シクロヴィンヤード

所在地 東御市八重原1018(ワイナリーはまだありません)
TEL cyclo-vineyards@ueda.ne.jp
URL https://www.facebook.com/cyclovineyard/

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